私は何を知っているか?

Mark/まあく タイトルはミシェル・ド・モンテーニュ(1533~1592)の言葉 「Que sais-je?(私は何を知っているか?)」

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追悼・牧野剛先生 牧野さんから私が与えられたもの

先日、私の恩師である「牧野剛さんを偲ぶ会」が名古屋・千種のメルパルクホールで行われた。

私の牧野さんとの出会いはコスモの入塾式。講演に登場し、最初は体調が悪そうだったのに、話が進むほどに熱く元気になっていくパワフルな牧野さんに、聞いている私も胸が熱くなり「ここに来て良かった」と、心から思ったことを想い出す。私が牧野さんから教えを受けたのは2006年の1年間だけだったが、間違いなく私の人生に影響を与えたうちの一人で、そしてこの追悼会でも私に新たな行動へのきっかけと勇気を与えてくれたのであった。


以下で紹介する2つの本の書評は、2007年と2008年に私が書いたものからの再録再編集。私の牧野さんの想い出と結びついたこの2冊からの引用を合わせて、牧野さんへの追悼文とする。

牧野基礎教養ゼミの想い出とそこで私が与えられたもの

牧野さんには、月曜日の読書会で毎回新たな世界のことを教わり、そして終わった後の8時くらいから今池あたりにご飯に連れて行ってもらい牧野さんの面白い話を聞き、生徒は1000円ずつ払って解散するのが定番だった。読書会では、牧野さんが用意した本を題材に、まず牧野さんが本文を読む。(生徒には当該場所のコピーが配られ、たまには牧野さんの代わりに生徒が読むこともあった。)そして2、3行読むたびに、牧野さんが解説を加えていくというスタイルだった。難しい言葉の解説はもちろん、生徒が知らないような背景や知識を紹介しながら、軽妙なツッコミを交えつつ進んでいった。当然、読書会の時間の中で本1冊の全部を読みきることはないが、しかし牧野さんは事前に何冊も読み込んだ上での、その本の一押しの章部分を読んでいくのだから、それはそれは濃縮された、その分野の専門家から教わっているようであった。扱う題材は、社会・歴史・教育・科学と多岐に渡り、1冊の本を何回か続けて読むこともあれば、同じテーマを扱った別の本に移っていくこともあった。


牧野剛「30年後の「大学解体」」

牧野さんは名古屋大学で、東大と京大に挟まれたこの地区の全共闘運動の指導者として活躍した。全共闘運動は「大学解体」を叫んで活動したのだけど、セクトと言って所属する党派によって内ゲバを起こしていた。それを牧野さんは「まあまあ」と言って説教してくっつけてまとめていた。その後、予備校講師になり河合塾の全国展開に大きく功労を残す。

党派に入らなければうまく行かないのだったら、自由にやらせてくれればどこでもいい。
( 中略 )
全学連をつくるんだったら党派同士の激突を回避するほうが重要だろうと思いました。
( 中略 )
ところが中央からは「何人動員するんだ」とか「党派闘争をやれ」とか、ばかなことばかり言ってくる。自分たちは全員金がないので、革マル派だけは来なかったけれども、中核派も社青同もブントも無党派も全員同じ電車で全国闘争のため東京に行くわけです。東京に着くとパラパラッと別れて、会場ではそれぞれの党派ごとに殴り合いをやらなければいけない。そして帰りもまた同じ電車で一緒に帰らなければいけない。だって団体だと安くて、半額になりますから(笑)。

牧野剛「30年後の「大学解体」」pp.27-28

芽嶋さんは「教科書不使用」や、エンタープライズ号寄港阻止闘争、佐世保闘争に生徒を連れていったということで解雇され、裁判をやって最高裁でも負けた。 ( 中略 ) 芽嶋さんは教科書不使用だけど、いつもプリントを配って授業をやっていたわけです。そのころ大学入試がどんどん変わって小論文がやられるようになりましたが、従来の科目の否定としてつくられたのですから教科書なんかやっていると小論文はできないのです。 ( 中略 ) この皮肉がどこまで行くかというと、なんと小論文の対策が高校でできなくなった福岡県教育委員会が「小論文指導の先生をよこしてくれ」と河合塾に言ってきた。それで高校を首になった芽嶋さんが指導に行ったんです(笑)。


同書 p.34

少子化でつぶれるんじゃないかと言われて、実際2010年には浜松地区は浪人生ゼロ、何とか地区もゼロとデータが出てきても、内部の8割ぐらいの人は何も変わらないだろう、われわれだけは大丈夫だろうと思っています。 ( 中略 ) それで塾側が「生徒の人数に応じて給料を減らしたい」と言うと抵抗するわけです。しかし、50代半ばの連中に、もう自分たちは給料を減らされてもいいと決意している奴が多いんです。「自分の給料を1コマ90分切れば、若い奴が2コマになる。こいつにそれを回してやってくれ」と言っている奴が僕の周辺に10人ぐらいいます。 河合塾の「自己否定」の全共闘派は、まるで企業に協力する「ワーク・シェア」みたいに見えるけれど、そうではなく、全共闘をやった以上は企業に長々といるべきではなかったし、「おれたちは流れ者だ」という意識が強い。

同書 pp.91-92

立花隆「ぼくが読んだ面白い本・ダメな本そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術」


立花隆は牧野さんとは直接関係ないのだが、この本を読んでいたときに、読書家である牧野さんの要約ゼミで学んだこととの共通点を見出した。

この本によれば、各パラグラフの頭のセンテンスを読むだけでもその本の流れが相当つかめるという。大事なことは大抵頭の数行に書いてあるからで、時間に余裕があれば加えて尻のセンテンスも読むのが良い。ところでこれはどこかで聞き覚えのある話・・・・・・その手法は牧野さんの教えに似たところがあることに気付いた。

入試問題で出る評論文を読み解くには実は、要約を作ることが最も良い方法だという教え。元の文章で重要だと思うところ数行に線を引いていく。その部分を抜き出して組み合わせ原稿用紙に起こしていく。イメージとしては元の文章の論理構造そのままに忠実な縮小版を作ること。少しでも下手な改変をすると作者のニュアンスとは変わってしまうので、接続が不自然になるところを直す以外は基本的に引用だけでいい。これをやることで本文の内容はしっかり把握できるし、入試問題で問われるような重要部分も自然とその中に絞られていることが多い。速読とは違って何度も読み込まないとできない作業なのだが、そうして作った要約は結果として、パラグラフの頭と尻のセンテンスで構成されていることが多いのだ。


本に書いてあるからといって、何でもすぐに信用するな。自分で手にとって、自分で確かめるまで、人のいうことは信じるな。この本も含めて。


立花隆「ぼくが読んだ面白い本・ダメな本そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術」p.76


そしてこの金言はまさに、牧野さんが読書会で私たちに教えていたこと。本一冊読んだくらいで、その分野のことを知ったようになるのは、甘い。その分野について、違う著者が書いた本を最低2、3冊は読んでいろいろな角度から検証してみる。そして何人かの専門家が同じ主張をしているなら、ようやく「どうやらこれは本当らしいぞ」ということが見えてくる。2006年の読書会で扱った中では、国鉄3大事件の一つ「下山事件」や、GHQに絡む「M資金」についての本を読んだとき、そのようなことを仰っていた。


これは、私の価値観、人生観にも影響を与えている。基本的に「人は的当なことを言うもの」だと思っていて、エヴィデンスのない話はあまり信用しないし、常に「私は何を知っているか?」というスタンスでいたい。まあ、最近新たに学んだことは、彼女と話す時や、仕事で上司から指示を受ける時に、こういうスタンスが根底にあると関係を悪くするということがあるのですがね(笑)。


想い出写真

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牧野さんが行きつけだったというバー「カルヴァドス」の落書き。トイレに入って見た瞬間、牧野さんっぽいな、と思って撮っておいたら、後からやはり牧野さんが残したものだったと店主から聞いた。
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牧野さんに連れきてきてもらった今池呑助飯店の名物ラーメン(油そば)。なんてことはない中華料理屋なのだが、餃子もラーメンも他とは一味違って、ここでしか食べられない味。またここに来て食べたくなる。