私は何を知っているか?

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「NHKから守る党」加陽麻里布氏の当選無効と違憲訴訟について

5月26日投票、27日に開票が行われた東京都足立区議会議員選挙で、5,548票を獲得し、有効であれば8位当選となる候補が無効とされる珍事があった。

 東京都足立区選挙管理委員会は27日、同日開票された区議選で、政治団体「NHKから国民を守る党」から出馬した女性候補に被選挙権がないことが分かり、公職選挙法に基づき、投票を無効にしたと発表した。区内に3カ月以上住んでおらず、住所要件を満たしていなかった。

 この候補は加陽麻里布氏(26)。区選管によると、加陽氏は区内のカプセルホテルの住所を届け出ていた。区に住民票も置いていなかったため選管が調査していた。
 区議選には57人が立候補し、45人が当選。加陽氏は5548票を獲得し、投票が無効でなければ8位で当選していた。


「NHKから守る党」候補、投票無効=住所要件満たさず-東京都足立区議選:時事ドットコム

人物

候補は、若干26歳の女性、加陽麻里布(かよう まりの)氏。サバサバ系の美人(?)である。投資用マンションを売る不動産営業の仕事をしていたが、司法書士試験を受験・合格、2018年8月、司法書士として独立開業(事務所登録は永田町)し、株式会社あさなぎコンサルティング(登録は江東区)を立ち上げた。


一時期話題となった「退職代行」サービスにも参入している。


傍ら、YouTuberとして動画のアップも行い、現在1万人超の登録者を得ている。この間10か月足らず。

そんな彼女がなぜ、NHK解体をシングルイシューに掲げるカルト政党である「NHKから国民を守る党」から立候補することとなったのか。加陽氏がYouTubeでN党の配っているステッカーを紹介したのがきっかけで、同じくYouTubeで動画をアップしている党代表の立花孝志氏の目に留まったようである。

www.youtube.com



加陽氏は立花氏がNHKを相手に争っている裁判の傍聴に行ったり、N党の記者会見の司会を務めたりした様子のアップを続けていたが、いつの間にか本人が区議に立候補していた。

加陽氏に被選挙権はあるのか?

加陽氏は墨田区に居住しており、足立区で立候補できる被選挙権がない。この点について彼女は、次のように主張している。

なぜ、足立区民ではない私がこの選挙に立候補できるかというと候補者になることができる要件として法は居住実態を求めていないからです。

候補者になることができる要件と当選できる要件は別なのです。当選できる要件として3ヶ月の居住要件が必要になります。これは法律の穴です。


民意か公職選挙法か、足立区区議会議員選挙 | 司法書士社長のブログ


候補者になる要件と、当選できる要件が異なる、という。本当だろうか?
公職選挙法の規定は、次の通り。

(被選挙権)
第十条 日本国民は、左の各号の区分に従い、それぞれ当該議員又は長の被選挙権を有する。
五 市町村の議会の議員についてはその選挙権を有する者で年齢満二十五年以上のもの

公職選挙法

公職選挙法10条5号は、被選挙権を有する者について、「選挙権を有すること」と「25歳以上であること(年齢要件)」の2つを求めている。選挙権については、その前の9条2項に書いてある。

(選挙権)
第九条
2 日本国民たる年齢満十八年以上の者で引き続き三箇月以上市町村の区域内に住所を有する者は、その属する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する。

公職選挙法

これを組み合わせれば、被選挙権を有するには「3か月以上その市町村に住所を有すること(居住要件)」と「25歳以上であること(年齢要件)」が必要であることがわかる。これは条文から明らかであり、法に穴などない。どう読めば、「候補者になることができる要件として法は居住実態を求めていない」と解釈できるのか不明である。

加陽氏は無効を承知の上で立候補した

ただ、加陽氏は上記のエントリで、こうも主張している。居住要件を定めた規定そのものが、憲法22条及び憲法15条に反し無効である、との主張である。

一旦無効票とはなりますが決して死に票にはなりません。裁判をして違憲判決をとることができれば当選できます。何よりも優先されるのは民意なのか公職選挙法なのか。


民意か公職選挙法か、足立区区議会議員選挙 | 司法書士社長のブログ


法令違憲であると問うこと自体はありだろう。可能性がないわけではない。ただ、上記の「候補者になることができる要件として法は居住実態を求めていない」という主張とは全く別の論点であり、論旨が明快でないので、加陽氏が自身の主張をよく整理できていないのか、意図的に混乱させようとして書いているのか、立花氏の受け売りなのかは、よくわからない。


加陽氏は「民意VS公職選挙法」という構図を示しているが、これは誤った二分法である。いくら民意を得ようと、法律上無効のものが有効になることはない。提示するなら、「居住要件規定は違憲VS合憲」であろう。


選管はなぜ加陽氏の立候補の届出を受理したか

報道と加陽氏のブログではいまいち理解できなかったが、加陽・立花両氏が行った記者会見の動画と、足立区選管への異議申出書を見て、主張するところは理解できた。

www.youtube.com


両氏の説明するところによれば、立候補の届け出に先立つ足立区選管の「事前審査」の段階では、加陽氏の実際の住所である墨田区の住所で受理されると言われていたそうだ。都選管、総務省からは「立候補できる」と回答を得ていたとのことだ。それが届け出の当日になって選挙長から「墨田区では受理できない」と言われ、やむを得ず立花氏が足立区のカプセルホテルの住所に書き換え提出したということである。加陽氏も届出の住所に居住実体がないことは認めている。


墨田区の住所でも立候補できるという法的根拠は不明であるが、このような経緯があったらしい。選管としては、足立区の存在する住所を記載して出された以上、受理するのはやむを得ないと思われる。*1
届出というのは、文字通り届け出であって、許可主義で行うのではないから、形式的に明らかな不備(記載事項が足りないとか、読めないとか。)がない限り不受理とする権限が選管にない。全ての候補者の居住実体を届け出の時点で確認するのは不可能であり、事後的に調査をし要件を満たしていないことが判明したらその時点で遡って無効とするのは妥当な取扱いと思われる。

加陽氏は違憲訴訟を起こす予定

加陽氏は足立区選管と都選管への異議申立を経て、訴訟を提起するとのことである。*2主張の筋は、公選法10条5号の居住要件規定が、憲法22条、15条に反し無効、というものだ。「足立区長や足立区役所の職員は、足立区民でなくてもその職に就くことが出来ます。しかし、足立区議会議員だけは足立区民でなければその職に就くことが出来ないという法律には、合理的理由が存在しません。」(上記異議申出書より)という主張は、理解できないではない。
ただ、判決もおそらく予想できる。当該規定は、地域の有権者の声を政治に反映させようという地方自治の趣旨に基づくものであり、立法裁量の範囲内であるから合憲という判決になるだろう。

また加陽氏は、年齢要件が憲法14条に反している、という主張をしたいとも語っている。被選挙権を18歳か20歳に引き下げるべきであるという考えは、それ自体国政の場で検討されてもいいとは思う。しかしこれも、裁判上は加陽氏に法律上の利益がないので、主張を検討するまでもなく却下となるであろう。



公選法の規定に疑問を持つこと、違憲訴訟を通して議論を喚起したいという行動には、個人的には共感する部分もある。しかし、「NHKから国民を守る党」からの出馬、足立区議選であることが妥当であったのか、疑問は残る。加陽氏が選挙に出馬した真の理由はわからない。

*1:「無効の判断が開票当日になったことについて区選管は「届け出段階では形式的な審査しかできず、足立区の住所を書かれたら受け付けざる得ない」としている。」5548票が「無効」に 足立区議選で居住実態ない女性候補 - 産経ニュース

*2:公職選挙法207条に基づく。