私は何を知っているか?

Mark/まあく タイトルはミシェル・ド・モンテーニュ(1533~1592)の言葉 「Que sais-je?(私は何を知っているか?)」

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有楽町火災による新幹線運休でJR東海の損害は約30億円。なぜ運休は全線に拡大したか。

時事ネタとしてはいささか古い話になってしまったが、新年早々の1月3日、有楽町駅付近で火災が発生。隣接する東海道新幹線帰省ラッシュの最中に運休を余儀なくされ、大規模な輸送障害が発生した。JR東海の発表した「平成25年度年末年始期間のご利用状況」によると、1月 3日(木)の新幹線輸送人員(下り)は246.9千人、4日(土)は296.4千人であった。この輸送障害によってJR東海(9022)が受けた損害を算出してみた。合わせて、東京〜品川間の部分的な鉄道外事故が、なぜ東京〜新大阪全線の運転見合わせという大規模な輸送障害になったかについても考えてみた。

 3日午前6時35分ごろ、JR有楽町駅(東京都千代田区)近くから出火、ゲームセンターやパチンコ店など4棟(約900平方メートル)が焼けた。けが人はなかった。この影響で、JR東海は火災発生直後から正午前までの5時間余り、東海道新幹線の東京―品川間で運転を見合わせた。
鉄道軒並み運休、Uターン混乱 JR有楽町駅前火災 :日本経済新聞

火災が発生したのは午前6時30分ごろ。JR東海は午前6時36分ごろから東海道新幹線の運転を見合わせた。正午前に運転を再開したものの、遅れは終日続いた。夜になっても遅れは2時間を超えたという。上下線で91本が運休、15本が区間運休となり、遅れは238本に及んだ。

有楽町火災で露呈 新幹線品川折り返し増やせぬ理由  :日本経済新聞

輸送障害による直接的損害

JR東海では金銭的にどの程度の損害が発生したのか計算してみた。運休により、旅客が旅行を中止した場合の運賃・料金は全額払い戻しとなる。また、着駅に2時間以上遅延した特急列車の特急料金も全額払い戻しとなる。*1 事前販売分のきっぷが全て払い戻され、当日の売上もなくなったとすると、運休・遅延分の列車定員にそれぞれ運賃・料金を掛け合わせれば本来得られるはずだった収益が求められる。

700系/N700系 16両1編成1323席(普通車1123席・グリーン車200席)

運休:106本
遅れ:238本

東京〜新大阪
運賃:8,510円
のぞみ特急料金(指定席/繁忙期):5,740円
ひかり・こだま特急料金(指定席/繁忙期):5,440円
自由席特定特急料金:4,730円
グリーン料金:5,150円

※EX-IC(エクスプレス・カード会員価格/普通車指定席/大人1名):13,000円
※特別企画乗車券(新幹線回数券)は12月28日〜1月6日の期間は使用できない。



のぞみ指定席:14,250円
ひかり・こだま指定席:13,950円
のぞみ・ひかり・こだま自由席:13,240円
のぞみグリーン席:18,690円
EX-IC利用:13,000円


乗車料金は、大人/子供、指定/自由、普通席/グリーン席、全区間/区間利用等で変ってくるが、概算で一人当たり13,000円を利用したとして、1月3日の乗車率はほぼ満席か、それ以上だったと思われるので、乗車率を仮に100%とする。

以上から、運休分の損失は、

13,000円×1323席×100%×106本=約18億2300万円

遅れが発生した238本のうち、特急券払い戻しの対象となる2時間以上の遅延がどれだけだったのか不明だが、仮に50%とすると、

5,500円×1323席×238本×50%=約8億6590万円

80%とすると、

5,500円×1323席×238本×80%=約13億8544万円

合計で、直接的な損害だけで、27億円から32億円程度の損失があったと思われる。

※他社線への振替輸送は行われていないのでその負担はなし。※列車の運休により旅行を中止した場合は、運休した部分だけでなく全区間の運賃・料金が払い戻しとなるのでさらに増えることになる。※旅客の何割かは翌日以降に移動をシフトしたと思われるが考慮していない。※JR東日本在来線に与えた影響は考慮していない。


出火元の重過失は認められない気配であるので、恐らくこの損害はJR東海が丸かぶりになるのではないだろうか。

鉄道などの運輸事故に詳しい国府(こくふ)泰道弁護士は「失火責任法という法律がある。失火による火災の場合は、火元の重過失が認められたときのみ、賠償責任を負うと定められている。明治時代にできた法律で、木造家屋が多く火災が起こりやすいという国内事情を勘案して作られた。だから今回の火災の場合も、火元の重過失の有無が焦点になる」と話す。

有楽町火災、億単位の損害賠償どうなる? 重過失の有無が左右 - ライブドアニュース

品川折り返し運転はなぜできなかったか

今回の火災では、報道で見ても火の手が走行する新幹線に迫っており、運休はやむを得ない。しかし、現場は東京〜品川間の一区間に過ぎず、品川で折り返す運用を行えば三大都市圏の輸送は確保できる。なぜ品川で折り返し運転ができなかったのかという議論がネット上であり、私は面白く見ていた。


東海道新幹線は世界でも他に類を見ない高頻度大輸送を行っており、年間平均の輸送人員は一日当たり40万9千人。運行1列車当りの平均遅延時分は驚異の0.5分である。*2今年はその記録を年初から下げてしまう不名誉な事態に見舞われたわけだが、JR東海の路線別の営業収入の9割超は東海道新幹線から得ている*3ので、JR東海としてもなんとしても新幹線は止めたくないはずだ。新幹線だけは、と言ってもいいくらいに会社も新幹線を重視している。


にもかかわらず、運行を止めざるを得なかったのは、先の日経新聞の記事でも詳しく解説されているが、品川駅の設備では東京駅並に折り返す列車をさばくことができなかったからである。

現在の東海道新幹線の時刻表を見ると、定期列車だけでも一時間に最低のぞみ6本、ひかり2本、こだま2本が出ている。臨時列車を加えるとさらに増え、東京駅18時台発の列車は10-2-3の最大一時間15本になる。東京駅には6線あるが、品川駅は4線でそのうち折り返しに使えるのは配線上の制約で内側2線だけ。これではそもそも全ての列車が駅に入ることができないし、交代の乗務員や清掃員もみな東京駅にいる。


でも座席転換も、車内清掃も、車内販売もいらないから、とりあえず動かすべきなのではないか。ゴミ箱が全部埋まっていようが異常時なのだから文句は言うまい。全く動かないよりはましではないか。品川駅の折り返し設備は一応使えるのだし、電車は燃料の補給も必要ないし、とりあえずいる乗務員とある車両を使って、いけるとこまでいったらどうか。指定席は時刻通りに動いていないときはかえって混乱を招くから、全席自由席の運用にして来た列車に乗ってもらったらいい。保安装置(ATC)があるから最悪でも衝突事故は起きないだろう。


・・・たぶん、大混乱になるだろう。バスのようなイベント時のピストン輸送等が比較的柔軟にできる交通機関と違って、鉄道は緻密に練られた計画通りに動くことで成り立っている。本線上で一つでも故障を起こしたら、後の列車は全部詰まる。信号が作動して衝突はしないけど、前にも後ろにも動けなくなる。故障など起きなくても、乱れたダイヤで駅に交代の乗務員が来なくて5分止まっただけで、続行の列車は駅手前で停められる。玉突き式に遅れはもっと拡大するだろう。時速270キロで走る列車が最短3分で続行して走るというのはそういうことだ。

どの車両(編成)がどの運用に入って、例えばA駅からB駅をX列車として走って、B駅から回送して車庫に入るかというのは事前に全部組まれている。乱れるダイヤにその場その場で運用変更して対応していたら、一日走った頃には車両も乗務員もどこにいったか誰もわからなくなるだろう。次の日の始発に備えて名古屋にいるべき車両がなぜか博多にいるということになりかねない。そうしたらダイヤの乱れはその日だけでは済まない。2000年の東海豪雨の時にあった混乱がそれではないか。

あるいは、イレギュラーな運用変更を行って、駅の設備が対応しておらず列車が入れないというミスが最近関西線でもあった。

開業以来最悪の遅延記録は、2000年(平成12年)9月11日に名古屋を中心に起きた東海豪雨が原因のもの。名古屋市周辺では一部河川の警戒水位を越えるような降雨にもかかわらず「遅れを最小限にしたい」、「新幹線を運休させるわけにはいかない」と東京駅から次々に発車させた。各列車は徐行と停止を繰り返し、東京駅 - 米原駅間だけで70本近くの列車を団子状態にしてしまい、5万人を超える乗客が長時間車内に閉じ込められ、列車ホテル状態で夜を明かす事態となった。翌12日昼過ぎになってもダイヤの混乱は収拾せず、博多発東京行き「のぞみ20号」は“22時間21分遅れ”で終点到着という新幹線史上最悪の遅延記録を作った。「もっと早く運転を中止すべきだった」と運行管理の不手際を各方面から問われ、運輸省(現在の国土交通省)がJR東海に事情説明を求める事態にも発展した。

東海道新幹線 - Wikipedia


これが事前に予定された工事等で長時間、区間運休するようなことが想定されたなら、滞りなく列車を運行するプランができていただろう。突発的な災害でも数日間運転再開が不可能なら残りの区間で動かす変更もあっただろう。

今回の件で思うのは、JR東海は、東京〜品川のみが運転できなくなる事態はおそらく想定していなかったのだろうが、第一には有楽町の火災がもっと早く鎮火すると思っていたのではないかということ。第二に想定以上に火災が長引くことがわかってからも、いずれ回復するから、本格的に品川折り返しに切り替えるべきではないと判断したのではないだろうか。まあ全部予想に過ぎないのだけど。


最近では在来線でも台風等で事前にダイヤの乱れが予想されるときは、間引き運転をするような運用をすることがある。これは線路上に多数の列車がいて遅れが生じた場合、後ろで詰まった列車の遅れはさらに拡大することへの対策だろう。高速道路で、カーブの手前で一台が少しブレーキを踏むと後続車にどんどん連鎖していき、何十台か後ろでは渋滞が生まれるということと、似たようなものだろう。

火災が発生したのは午前6時30分ごろ。JR東海は午前6時36分ごろから東海道新幹線の運転を見合わせた。正午前に運転を再開したものの、遅れは終日続いた。

JR東海は午前10時過ぎから、品川駅での折り返し運転を始めている。合計で7本の臨時列車を走らせた。

JR東海の対応が万全とは言わないが、未曾有の事態に出来ることはやったのではないか。

JR東海にとっての品川駅の意味

ところで、東海道新幹線の品川駅は2003年(平成15年)10月に開業。渋谷・新宿・池袋方面、京急線沿線からのアクセスが向上された。

周知のように、国鉄から分割民営化されたJR東海在来線の営業エリアは、東は熱海、西は米原までだが、東海道新幹線は東京〜新大阪間がまとめて払い下げられた。


JR東海営業エリアマップ(出典:JR東海アニュアルレポート2013)


東海道新幹線の品川駅がある場所はもともとJR東日本の用地だったのだが、JR東海にとっては東京の拠点として品川の獲得は悲願だった。今度の新しい人事でも、新幹線の海外への輸出のトップセールスを担うとして代表権を有している葛西敬之JR東海会長だが、品川駅は絶対必要だとかなり強行に主張したらしい。このあたり朝日新聞記者の神田大介さんや、日経新聞のアーカイヴや、葛西氏の著書にも書かれている。

品川問題の発端は九〇年五月。JR東海が「限界にきている東海道新幹線の輸送力増強には、品川に新駅と車両基地を建設するしかない」とぶち上げた。

(中略)

ところが、自社用地を建設予定地に名指しされたJR東日本は「事前に一言も相談がなかった」と猛反発。東海が簿価による土地譲渡を求めていたことも東日本をいらだたせた。東海は運輸省に仲裁を求めたが、「いたずらに国の介入を求めるのは筋違い」(住田社長)と逆に反発を招く。

(中略)

収束の兆しがみえたのは今年の一月末。運輸省から東日本に対し、内々の打診があった。「そちらの言い分は正しいが、東海道新幹線の輸送力増強は国家的課題。東海には陳謝させるので、話し合いに応じて欲しい」。

「品川新駅」建設本決まり、東海道新幹線“増強”に光――発車までには時間(日曜版) :日本経済新聞

「当駅で折り返すことで大井車両基地に出入りする回送列車との競合を回避し、線路容量を最大限活用することができるように」との触れ込みで品川駅の必要性が言われたのだが、それは東京駅のポイント改良でまかなえることになり、現在まで品川折り返しの定期列車は設定されていない。当初7線を収容する車両基地を含む計画が、最終的に現在の2面4線に落ち着いた品川駅だが、そうしてできた駅の上にはJR東海の東京本社があり、将来は地下にリニア新幹線の駅ができる。

実は最初から品川駅に折り返し拠点として使える大規模なターミナル機能を設けるつもりはなかったが、(品川の土地を獲得するために)どうしても駅を作りたいがために、ターミナル機能の必要性を訴えた。そんなしたたかな交渉戦略だったのではないか、という穿った見方もできてしまうのである。

*1:東海旅客鉄道株式会社 旅客営業規則 第282条−第290条の3 (運行不能及び遅延)簡単な説明はこちら

*2:JR東海アニュアルレポート2013より。

*3:旅客運輸収入の新幹線、在来線の金額はそれぞれ1,069,680百万円、99,428百万円。鉄道事業営業収益には他に運輸雑収があるが、内訳は広告料や構内営業料と思われる。平成25年3月期有価証券報告書より。