私は何を知っているか?

Mark/まあく タイトルはミシェル・ド・モンテーニュ(1533~1592)の言葉 「Que sais-je?(私は何を知っているか?)」

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国税庁が税理士試験の模範解答を速やかに公表すべき理由

目次


今年の税理士試験が8月9日〜11日の日程で行われました。税理士試験は全11科目が実施され、会計学に属する科目(簿記論及び財務諸表論)の2科目と、税法に属する科目(所得税法、法人税法、相続税法、消費税法又は酒税法、国税徴収法、住民税又は事業税、固定資産税)のうち受験者の選択する3科目に合格すると、税理士登録する資格を得られます。


科目合格制をとっていることもあり、1科目ずつ挑戦していけることがメリットとして言われますが、そのことが逆に1科目のハードルをとても高くしており、5科目合格までの年数を長期化しています。「合格基準点は各科目とも満点の60パ-セント」と公式には言われていますが、科目による若干の違いはあるものの、大体合格率が10〜15%の範囲に収まるように配点が調整されていると言われていて、実質的には競争試験です。受験者総数の内、5科目合格に至る人の割合は、過去15年、2%±0.3%の範囲で安定しています。*1

5科目取得までには、相当に優秀な人が受験に専念してでも2、3年、働きながら1科目ずつ受験していく人では10年以上かかる人も珍しくありません。以前に東京税理士会の実施した調査で、平均で8.6年というデータを見たことがあります。(元のデータを探したのですが、見つけられませんでした。)



この記事は、税理士試験の非常識さを世間に知って頂き、賛否を問うことも目的としています。私は、税理士試験は随分と頭のおかしな試験だと思っていて、その理由を上げて言ったら切りがないのですが、今回は、税理士試験が模範解答を公表しないため生じている弊害について論じることに絞って書いていこうと思います。

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税理士試験の模範解答を速やかに公表すべき理由

税理士試験は合格発表までの期間が長い

税理士試験は毎年8月第1週か2週目の火・水・木曜日に行われます(昨年は異例の3週目でした。)。そして合格発表は12月(今年は16日)に行われます。この間、実に4カ月。なぜこんなにかかるのかと言えば、税理士試験は全ての答案用紙が手書きのため、採点に時間がかかるから、というのは理解に難くはないです。一説には採点後に合格者を一定の範囲に調整するため得点調整がされていると、実しやかに言われています。

解答用紙はA3用紙で、これも年・科目により大きく異なるのですが、今年の相続税法は理論6枚、計算13枚でした。ちなみに、私は今年、相続税法を受験しました。(詳しくは、別の記事で書こうと思っています。)受験者数は平成27年度(第65回)で3,895人。*223年度は4,134人。この枚数を、理論、計算それぞれ一人の試験委員が全て採点していると言われています。一番受験者の多い簿記論では、27年度15,783人、23年度23,871人です。



大抵の人はその年の受験が終わっても次の科目があるので、自己採点をしながら、新しい科目に行くべきかどうしようか悩みます。12月に発表があってから、翌年の8月に向けて勉強を始めても法人税法などの学習量の多い科目では到底間に合わないからです。最低でも週15時間から30時間程度の勉強を1年間続けてやっと問題が全部解けるようになるかどうかです。(そこから合格を確実にしようと思うとさらにハードルがあります。)
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税理士試験は合格予想が難しい

そこで、各受験予備校が試験後に発表する解答速報を基に自己採点と合格予想をします。受験予備校は5、6社ありますが、主要なところを2つ貼ってみます。


私ももちろん自己採点をしてみました。大原基準だとボーダー-3、TAC基準だとボーダー+5、でした。なぜこんなに違いが出るのかというと、本試験で自分がどう解答したか正確に覚えていないから、ではありません。(わずか数点の差が「こんなに?」と思われるかもしれませんが、上位30~40%の人は基本的にかなりできる人で、予備校の模試などの結果を見ても、合格点付近には1点の差で数百人がひしめいていることを考えるとかなりの差です。)解答はほぼ完全に再現できていても(ケアレスミスがある可能性は排除できませんが)、合格予想にバラツキが出るのには次のような理由があるからです。

  1. 解答自体が一意に定まらない
  2. 配点が一切わからない
  3. 合格点が受験者の出来に左右される


1の「解答自体が一意に定まらない」は、出題者の意図、条文の解釈によって解答の範囲が変わってくるからです。専門的な話になりますが、今年の相続税法の第1問、問1(2)の債務の意義を答えさせる問題は、法14条1項、2項の解答を要求しているのか、3項(所得税法の国外転出課税の特例)も含まれるのか、私は法13条3項(控除が認められない債務)も含むと考えたのですが、予備校の模範解答でも意見が割れています。これは、合格発表に至っても、どう点が振られるのか、出題者の意図以外の範囲を書くと減点されるのか、最後まで闇の中なのです。点をつけるのが難しい論述(理論)はともかく、計算ではそんなことはないだろうと思うでしょうか。計算においても、例えば今年出題された、取引相場のない株式で純資産価額を算定する際の保険差益に対する法人税等相当額を計算する際に、弔慰金の金額を控除するのかという点で、両方考えられるのです。2ちゃんねるの相続税法スレッドでも議論になっていましたが、予備校の模範解答でも6社あって3対3に分かれていました。

2の「配点が一切わからない」は、そもそもどう点が付けられているのか全く公表されていません。過去60年に渡って採点基準が公表されたこともないので、ここの計算欄は埋めても点がない、いや埋めるべきだ、空欄だと減点される、そんな議論もあります。1分1秒を争う試験なので、少しでも必要のない箇所は削って時間を確保するテクニックが要求されるのです。上記1で上げた例でも、出題者の考えではどちらかが正解なのか、どちらも正解になるのか、あるいはここには全く点がないのか、わからないのです。

3の「合格点が受験者の出来に左右される」。最初に書いた通り、競争試験なので、ここまでできたら合格というラインはないのです。自分が上位10%に入れるかどうか、それで決まります。だから周りの出来は非常に気になります。予備校の合格予想も結局、予想に次ぐ予想の上に作られていますから、気休めでしかないのです。



上記の通り、合格発表までの期間が4か月と長いせいと、合格予想ができないため、受験者の精神的・経済的負担はかなりのものです。受験後に「今年は受かった」と自信を持って言える人は、まず聞いたことがありません。みんな落ちたかもしれないと思いながら、新しい科目の勉強を始めたり、学力を維持するため問題演習を繰り返したりして4か月を過ごしています。せめて試験実施後速やかに模範解答が公表されれば、上記の悩みは大部分解消されます。

税理士試験は受験者の点数が公表されない

税理士試験は、結果発表においても点数が発表されません。合格の場合は「合」、不合格の場合はA~Dのおおまかなレベルで、通知書に記載されているだけです。

que-sais-je.hatenablog.com


問い合わせや抗議も一切受け付けていません。理論で何点、計算で何点とか、どこができなかったとか、そういうのも含めて一切わからないのです。採点がおかしくて間違いにされていてもわかりませんし、抗議のしようもないのです。税理士受験業界では常識となっていて、試験委員に採点を間違われないよう、丁寧に解答を作成しましょうと指導されていますが、こんな不透明、不明朗なことがあるでしょうか?


司法試験、公認会計士試験では、点数と順位まで公表され、その後の就職に大いに影響してくるのとは対照的です。

税理士試験は近年明らかな悪問の出題が続いている

今までに挙げてきたことは、全く酷いことだと思いますが、百歩譲ってしょうがないことだとしましょう。しかしながら、どうしても看過できないことがあります。問題に明らかな不備があることです。特に平成26年からの法人税の試験委員の出題は酷いということで、専用のWikiができていますから、そちらから一部を引用してみましょう。

概要:
・示談金の支払、20年間とか言いつつ期間を数えたら19年間
・ガス計器設定誤り発見日、平成26年6月1日を平成25年6月1日と記載
・S/Sが虫食い、推定すべきかどうか不明
・各回答欄に調整項目名求めて別表4にも同じ記載を要求
・H18年に廃止になった「資本積立金」が問題に掲載
・回答欄が狭すぎて書き損じたら終了
・決算確定してるのに科目振替させる
・S/Sの前期末の利準、特準、繰越利益の合計を五(一)の繰越損益金に記載



関係各所の反応:動画の様子:

大原
少々疲れ困惑した表情の講師が最後に胸の辺りにやった手を下におろし「みなさんも(溜飲を)下げたいでしょう」。

ネットスクール
「困りましたねえ」「(問題で)何を聞きたいのか分からない」

TAC
「私が講師をしている中で過去最高の難易度でした」


平成26年度税理士試験の法人税法が酷い

・難しかったというよりも、本当に混乱した。今までの解答用紙と形式も違うし、質問の意図を読み解くので精一杯だった。正直言って自信がない。(30代半ば・女性)
・現預金、売掛債権の期末精算に関しては当てられた気がするが、交際費の損金不算入額の計算だったかな、あれは出来なかったと思う。何処となく理不尽さを感じた。(40代前半・男性)


税理士試験で大混乱?!簿記論と法人税の悲劇 | 税理士、公認会計士、会計業界のトピックスならカイケイ・ファン


法人税法を学んだ人でないと何のことやらわからないでしょうが(私も全部は理解できてないです)、設問の中で問題の根幹に関わる記載で他と矛盾がある、解答用紙に無駄な記入をさせる箇所が多く本来問われるべき論点を解く時間が確保できない、ということです。一年間、あらゆることを我慢して、時間を削って、お金もかけて学校に通って、万全を期して試験に臨んだ受験者に、出された問題がこれで納得できるでしょうか?

合格のために同じくらい努力を重ねてきた人の中で、最後の部分で得意な問題が出るかどうかという運の要素が排除できないことは仕方がないと思います。しかし、これは次元が違います。考えられる選択肢の中で、試験委員の頭の中にあったであろう、根拠が不明瞭な答えをたまたま書くことができた運のよかった人は、努力の部分をひっくり返すくらいの得点を得て合格できるというのでは、何を信じて勉強したらいいのかわかりません。



こんな問題は、大学受験業界だったら大手の予備校が大学に抗議して、大学から訂正が出るレベルです。これらの明らかな不備は、試験実施前に、一度問題作成者とは別の人が解いてみれば一発でおかしいとわかることです。それすらも行っていない、あるいは問題ないと主催者である国税審議会は考えているということです。このような不備のある問題が毎年続いていて改善されていない。今年も法人税と消費税の問題が酷かったと聞いています。果たして「税理士となるのに必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定することを目的」とする試験として適切だと言えるのでしょうか?

このような問題が見過ごされているのも、試験委員の考える模範解答が発表されていない、採点の基準も公表されていない、という閉鎖的で不明朗な税理士試験の体制から来ています。仕組みで改善できる不備です。模範解答の公表が義務付けられ外部からチェックされるようになれば、このような悪問を出題することはできなくなるはずです。


税理士試験受験者は減少の一途

上記の理由もあってか、税理士試験の受験者数は、2005(平成17)年の56,314人から、2015(平成27)年の38,175人まで減少の一途。10年で3分の1減りました。日本の人口減、少子化を考量しても、それを上回るハイペースで減っています。ITの発展による業界構造の変化等もあるでしょうが、それだけで説明できるでしょうか?

税理士試験で5科目取得するのに時間をかけることが、明らかに割に合わないことが周知されてきているからです。


Googleで「税理士」を検索すると、アドワーズの広告を除き、国税庁の試験情報、TACのサイトに続き、3番目に税理士廣升健生氏の「それでも税理士めざしますか?」という記事が出てきます。「税理士試験は、資格取得に時間がかかり過ぎる」「税理士は圧倒的な斜陽産業」と書いてあるページを見て、まともな人は、新たに税理士試験に参入しようという気を起こさないでしょう。

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優秀な成り手が税理士という選択を取らなくなっていることに、日税連、国税庁は危機感を持つべきです。ここ1年ほどの間にFinTechという言葉が広まり、会計事務所の単純な入力作業は自動化によりどんどん削減される見込みです。来年の受験者はもっと減るでしょう。

税理士試験の形骸化

税理士登録者の内、税理士試験に5科目合格して税理士になった人の割合は、実は半分に満ちていません。45.9%です。*3これでも、昭和30年の5%から60年かけて徐々に増えてきたところです。では他の税理士はどうやってなったかというと、23年以上税務署に勤務し指定研修を受けた国税職員、弁護士・公認会計士の資格で税理士登録した者、(一部)科目免除を受けて5科目に到達した者等です。

昭和26年に税理士法が制定されたときに、一定の資格者数を確保するため政策的に、既存の国家資格者である弁護士及び公認会計士を税理士の有資格者としました*4。公認会計士は税理士資格が無試験で付与されるので、近年、公認会計士で税理士登録している者は増えてきて6%を超えるようになってきていましたが、税法の知識を十分有していない者もおり、税理士会が長年法改正を訴えていました。平成29年4月1日以後に公認会計士試験に合格した者については、税理士試験税法の試験と同程度の試験に合格した公認会計士にのみ税理士資格を付与することとなりました。


一方、伸びてきているのが、試験免除者(大学院で修士号を取得し、論文の研究認定を受ける)の割合で、平成6年の16.7%から平成26年は37.2%となっています。*5あまりに税理士試験が理不尽な試験なので、大学院で科目免除を得た方が賢いと考える人が増えています。私の周りでも「200万円払って大学院に行った方が得だよ」と言う人は珍しくありません。


このような傾向の元では、税理士試験はますます軽視され、形骸化していくでしょう(質も下がるでしょう)が、これでいいのでしょうか?日税連は、会計士の税法研修に口を出すのもいいですが、「税理士試験の適正化」こそ真っ先に行うべしと考えます。

税理士試験を努力が報われる試験に

税理士試験がきちんと努力の成果が報われる試験であって欲しいと願います。今のように、合格のために多大な努力が必要な上、運の要素が大きすぎて、努力の成果が適切に結果に反映されないのでは、長年のうちに疲弊して脱落していきます。

税理士試験の実施後速やかに模範解答が公表されるようになれば、それだけで次年度に向けた計画も立てやすくなります。受験者の精神的・経済的負担は相当軽減されます。透明性が確保され、仮に不合格であったとしても結果に納得がいくというものです。できれば採点基準、配点も公表されるべきですが、最低限として模範解答だけでも公表されるのが本来の姿ではないでしょうか。


国税庁に対し開示請求を行います

以上、模範解答を速やかに公表すべき理由を書いてきました。国税庁がこれらの公開を自主的に行わないのであれば、今後、行政機関の保有する情報の公開に関する法律に基づき、模範解答と採点基準の開示請求、及び、行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律に基づき、私の提出した解答用紙及び詳細な点数の開示を請求する予定でいます。


実は平成15年に、税理士試験の模範解答と採点基準の開示請求を行った者に対し、国税庁がこれらの文書の不存在を理由に請求を却下した事例があります。
これについての対策も含めた、これから行う開示請求の詳細については、次回以降の記事に続きます。

*1:税理士試験 - Wikipedia

*2:平成27年度(第65回)税理士試験結果|税理士試験情報|国税庁

*3:回答者32,747 人中15,035 人 日本税理士会連合会「第6回税理士実態調査報告書」平成26年

*4:東京税理士会「税理士の資格取得制度及び試験制度に関する意見」平成18年6月

*5:日本税理士会連合会「第6回税理士実態調査報告書」平成26年