私は何を知っているか?

Mark/まあく タイトルはミシェル・ド・モンテーニュ(1533~1592)の言葉 「Que sais-je?(私は何を知っているか?)」

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石原慎太郎「こんなでたらめな会計制度、単式簿記でやっているのは、先進国で日本だけ」の真意。複式簿記とは何か。

先日のテレビ東京の選挙特番での池上彰さんの発言が鋭くキレていたと話題になっていました。当日は予定があったので後で録画で全て見ましたが、政治家の出身ルート別に解説し可視化する試みはすこぶる面白かったです。ただ本来ジャーナリズムと言うものは、政治家の話したがらないことや明るみに出ていない問題を切り込んでいったりしないといけないものなので、やりたい放題とかタブーとかではないと思います。他のマスコミがやらなすぎるのです。池上さんのニュースをわかりやすく解説して、大衆に関心を持ってもらいたいと言う信念には尊敬の念を持ちます。

池上さんが番組の後日談を書いています。

番組の内容はさておき、今回注目したいのは番組内の生中継であった池上さんと石原慎太郎維新の会代表とのこのやりとりです。

石原慎太郎「こんなでたらめな会計制度、単式簿記でやっているのは、先進国で日本だけ。北朝鮮パプアニューギニア、フィリピンくらいのもんだ」
池上彰パプアニューギニアやフィリピンを北朝鮮と同じに扱うようなことを言うから暴走老人と呼ばれるんじゃないですか?」

石原都知事の導入した複式簿記・発生主義会計

石原氏は過去にも同じ主旨の発言を繰り返ししています。

石原氏は東京都の会計に複式簿記・発生主義会計を導入する準備を2002年から始め、2006年から導入、会計士による外部監査も実施するようにしました。日本のどの自治体もやっていなかった画期的なことです。これは今や完全に老害と化した氏の実績の中で大変評価できる点だと思います。

東京都は、平成18年4月から、従来の官庁会計(単式簿記・現金主義会計)に複式簿記・発生主義会計の考え方を取り入れた新しい公会計制度を導入いたしました。

 また、全国の自治体が、複式簿記・発生主義会計を導入し、本格的な財務諸表を作成できるよう、支援を行っています。
東京都会計管理局:東京都の新たな公会計制度


国の会計はどうなっているのでしょうか。調べてみたら中日新聞のこんな解説記事が出てきました。

Q 国は複式簿記を作ってないの?

A いや、国も二〇〇三年度から毎年「国の財務書類」という複式の帳簿を公表している。特別会計も含め資産や負債を貸借対照表にまとめたものだ。国だけでなく、東京都や神奈川県、大阪市名古屋市などの主要地方都市も同様に単式と複式の両方を作っている。

東京新聞:単式 歳出入のみ 複式 資産・負債も 石原氏批判の会計制度:経済:経済Q&A(TOKYO Web)

なんだ国も2003年からやってんじゃん。いや、待ってください。この記事を鵜呑みにしてblog記事を書き出したのですがどうもこの解説間違ってます。

このページのリンク先の「平成22年度 国の財務書類ガイドブック(PDF)」から該当する記述を探しました。

平成15 年度決算分より、財務省主計局において、省庁別財務書類の計数を基礎として、国全体のフローとストックの情報を開示する「国の財務書類」の作成・公表を行っています。(p.2)

財務書類の作成にあたり、発生主義等の企業会計の考え方及び手法を活用することで、国の財政状況について、資産・負債の状況のみならず、税財源の使用状況にかかる情報についても一覧的に分かりやすく開示することが可能となります。(p.5)

平成22年度 国の財務書類ガイドブック

中日新聞の解説はこれを指しているようですが、そもそも財務書類は帳簿じゃないですね。複式簿記についての言及はありませんでした。



ていうかこの解説めちゃくちゃです。まずタイトルからしておかしいですよね。単式:歳出入のみ 複式:資産・負債も 単式か複式かっていうのはそういうことじゃないです。あまりにも堂々と書いてるので騙されそうになりました。

Q やっぱり複式の方がいいの?

A 単式と複式には一長一短がある。そもそも国の施策の元となるのは税金や国債だ。その「入り」に対して、今年はどの施策にいくら使ったかを示すには、むしろ単式の方が分かりやすい。一方、複式の手法で資産と負債の両面から国の財政を把握することも、行政の効率化につながる。
前掲書

そんなことはないです。損益計算より収支計算がわかりやすいというのはまあよいとして、複式簿記でも収支計算書は当然作れますよ。それも単式より裏付けのはっきりしたものが。単式か複式かという話は、帳簿の形式であって、その日々付けた帳簿の記録を基に年度末に財務諸表を作成するのです。その違いは、うまく説明できるかわかりませんが次の項で書いていきます。

記事の注釈レベルでなく、わざわざ解説用に書いた記事の中でこれですから頭がくらくらしてきます。この国には簿記・会計についてまともに理解している人が識者の中にいないのではないかとすら思います。税理士・会計士出身の国会議員の先生もがんばってください。



この項の記述には税理士・公認会計士渡辺俊之先生の記事を参考にさせていただきました。

 平成18年8月に策定された 「地方公共団体における行政改革の更なる推進のための指針」 でも、平成22年度決算分までに貸借対照表(B/S)、行政コスト計算書(P/L)、資金収支計算書(C/F)、純資産変動計算書(NWM))の4表の整備、または4表の作成に必要な情報開示をすることが求められていました。しかしこれらの計算書は、複式簿記の手法で作成されていません。

 国・地方公共団体の会計の仕組みを刷新するためには、自己検証能力のある複式簿記の方式こそが重要で、検証可能性のない単式簿記による記帳では無意味です。

 国は、平成20年度決算から 「基準モデル」 又は 「総務省方式改訂モデル」 という二つの公会計モデルを活用して財政書類を整備するよう要請しています。しかしながら、これらのモデルは、我が国で一般的に用いられている企業会計基準や、諸外国で準拠している国際会計基準の考え方とも異なります。新たなる公会計方式の採用にあたっては、国が進める、単式簿記をベースとしたモデルではなく、将来的には、自己検証能力のある複式簿記の方式を公会計制度改革に採用することの重要性をも、是非理解しかつ認識してほしいものです。

一職業会計人の "軒昂奉仕" vol.2 予算単年度主義の弊害と地方公会計制度について 公認会計士・税理士 渡辺俊之|ビジネスコラム|仕事を楽しむためのWebマガジン、B-plus(ビープラス)

単式簿記複式簿記は何が違うのか

単式簿記では取引を収入か支出のどちらかに分類して記入します。いわゆるこづかい帳、現金出納帳の形式です。

(支出)仕入 4,000
(収入)売上 10,000
(収入)借入金 10,000
(支出)建物購入 5,000

単式簿記では、最終的に収入が10,000+10,000、支出が4,000+5,000、差し引き11,000が残ったということが分かります。



一方、複式簿記では一つの取引を借方(かりかた)と貸方(かしかた)という二つの面に常に同時に記入します。(これを仕訳を起こすと言います。)借方と貸方いう言葉の意味は、ここでは左側と右側のフィールドの名前と言う程度に理解しておけば結構です。

(借方)仕入 4,000 /(貸方)現金預金 4,000
(借方)現金預金 10,000 /(貸方)売上 10,000
(借方)現金預金 10,000 /(貸方)借入金 10,00
(借方)建物 5,000 /(貸方)現金預金 5,000

複式簿記では、全ての取引(仕訳)を最終的に総勘定元帳に集めて集計します。そして損益(売上10,000−仕入4,000=利益6000)と残高(現金預金11,000、建物5,000、借入金10,000)が導きだされます。また、左右(借方と貸方)が常に釣り合っているため検証が可能です。どこかで数字をごまかしたり、記入を間違えたりすれば相手方から後でも判明するという点で遡及可能性も持っています。


複式簿記では基本的に現金の増減と損益計算は一致しません。というか、経済が発達して信用取り引き(掛け取引)が行われるようになると売上と現金の出入りのタイミングは一致しなくなり、それを表すために作られたのが複式簿記と言えます。売り上げたけど現金が振り込まれるのは3か月先とかいうことです。このとき仕訳はこのように起こします。

販売時
(借方)売掛金 5,000 /(貸方)売上 5,000
現金回収時
(借方)現金預金 5,000 /(貸方)売掛金 5,000


単式簿記では販売の時点では何もなく、現金が入ってきた時に初めて帳簿に記録します。
(収入)売上 5,000

単式簿記では当期の儲け(=利益)がいくらかということがわかりません。最終的に財産がいくらあるのかということしかわからないのです。財産の各勘定(現金預金や借入金)を残高勘定に集めれば、貸借対照表のようなものを作成して、差額から利益(損失)を求めることは出来ますが、最終的な数字しかわからず、どのような原因でその金額が出たのかの検証が出来ないのです。

複式簿記では日々の記録から期末に財務諸表(損益計算書(P/L)、貸借対照表(B/S)、その他いくつかある)を作る(誘導法による作成)ところまでが一連の流れとして組み込まれています。損益計算書の中でどのような経緯で利益が発生したか、原因を検証できる(検証可能性)、帳簿に裏付けをとることができる(遡及可能性)という点で単式簿記よりも優れています。


行政(公会計)に複式簿記が必要な理由

複式簿記を導入するとどのようなメリットがあるのか、私もまだ勉強中の身のため危ういところがあると思いますが、以下に書いてみます。会計クラスタの方で、それ違うんじゃないかというご指摘があればコメント頂ければ幸いです。
(追記;書いては見たものの、借入金、単年度収支の問題は複式簿記にしたから解決するというわけではないですのでこの項は参考程度にお願いします。複式簿記・発生主義会計が単式簿記・現金主義会計より優れている点は上記の説明の通りです。)

借入金と収益の区別

単式簿記では、租税収入(収益)も国債(借入金・負債)も同じ収入として扱われますから、税金が足りなかったら借金で調達すればいいという感覚があります。収入(歳入)と支出(歳出)の帳尻を合わせることにしか関心がないのです。
複式簿記では、収益以上の費用を使えば損失になります。何年も損失を出し続けるということは民間企業であれば事業の継続前提に疑念が生じます。(継続企業の公準)

単年度収支の非効率性の解決

上記と同じ理由で、年度内に入ってきたお金は年度内に使い切ろうという感覚が生じると思います。残ったお金を期末に何か工事や事業をやって使っても、複式簿記では次年度以降にその効果が発生する費用は次年度以降に繰り延べられますから当期の損益には影響しません。無理に予算を使い切ろうという発想はなくなるはずです。

減価償却費の計上(自己金融効果)

例えば建物を購入するとします。その購入した年度に現金が出ていきますが、複式簿記では現金という流動資産が、建物という有形固定資産に変わって貸借対照表(B/S)に計上されます。購入した時点では費用にならず、損益計算には影響しません。そして耐用年数が30年であれば30年に渡って少しずつ費用に変わっていきます。費用は利益を減らすこととなり、しかし現金は出ていかないのでその分をプールすることができ、建物が耐用年数に達した時に新しい建物を買い替える資金に充てることが出来ます。(これが自己金融効果です。)
単式簿記では最初に購入した時に現金が出て行ったきり後は関知しませんので、建物が耐用年数に達した時買い替えの資金が急に必要になって困るということです。


記帳方法に単式簿記をとっても複式簿記をとっても、当然ながらその経済実態が同じであれば残るお金の金額は同じです。しかし複式簿記を採用することで、お金の配分をより計画的・効率的にできるようになり、結果無駄が減るということが言えると思います。以上の理由から行政(公会計)にも複式簿記的会計観を取り入れる必要があると言えます。石原氏が言わんとするところもここなのではないでしょうか。

複式簿記は会計の常識

複式簿記(以下「単式」と書かない限り、「簿記」=「複式簿記」)により帳簿をつけることは会計の世界では常識です。わが国の会計の世界で社会的規範として認識されている「企業会計原則」(1949)という会計基準の中に以下の規定があります。

企業会計は、すべての取引につき、正規の簿記の原則に従って、正確な会計帳簿を作成しなければならない。
(一般原則 二)

ここで言う正確な会計帳簿とは、網羅性・立証性・秩序性の三要件を備えた会計帳簿、即ち複式簿記による会計帳簿を要求していると解せられます。(訂正;この三要件を満たしていれば複式簿記以外でも認められますが、単式簿記で秩序性を証明するのは難しいと考えられることから、事実上、複式簿記が使われています。)

会社法では、すべての会社(金融商品取引法では上場企業)はこの企業会計原則に従うこととされていますから、日本のすべての会社は複式簿記をつけなければなりません。個人事業を行う者も、確定申告(青色申告)では複式簿記の帳簿を基に作った決算書を提出しなければなりませんから、複式簿記を知っていなければなりません。ただ実際は帳簿の作成から税理士に丸投げだったり、会計ソフトの指示に従って入力するだけという人も多いでしょう。

経理の仕事を希望する人には簿記の資格は必須ですし、簿記が何であるかを理解することは社会人の常識と言ってもいいくらいのものです。単式簿記で許されるのは、町内会やサークルの会計、おこづかい帳レベルまでです。古来「読み、書き、そろばん」と言われるように、簿記は基本的なリテラシーの一部ですから義務教育で教えないのは社会の損失と言っていいです。



私が税理士受験の予備校で簿記を教わっているある先生をして「長年簿記をやってきて、違う角度から見てみるとこの仕訳はこういう意味だったのか!という新しい発見がある。」と言わしめるくらいですから、簿記の世界は奥が深いものです。簿記の仕訳の意味は最初のうちは直感的に理解できるものではないですから、とっつきづらいと感じがちですが、とにかく形から入って数をこなしていくうちその意味がじわじわ理解できるようになってくると言う簿記の特質を指した発言と言えます。

ただし、簿記の基本的な考え方を理解できるようになるまではそれほど大変なことではありません。それこそ税理士に必要な簿記の知識となってくると複雑で難解なものになってきますが、一般の人にとって必要な簿記の知識はずっと簡単なものです。学校などに通わなくても独学で十分修得可能です。ここで簿記に興味を持った方には、私のおすすめのテキストを紹介します。


簿記の初歩を学ぶのにおすすめのテキスト

私もこの本の前の版で独学しましたが、イラストを多用した解説と、7日間というタームに区切られた構成で勉強が苦になることなく学習できました。「テキスト」が基本的な解説で、「トレーニング」が問題演習です。この一冊(二冊)を終えれば簿記の基礎的な知識が身に付き、簡単なP/LとB/Sが自分で作れるようになります。

バイトや授業に忙しい大学生や、社会人でも一日1〜2時間確保すれば難しくはないでしょう。じっくり理解したいという人でも倍の14日間かければ十分です。この本で学習して手軽に日商簿記3級を取得してみてください。



追記

現行の国と多くの自治体の会計が単式簿記・現金主義会計となっている経緯をまとめてくださっています。利潤の追求を目的とする企業と、富の分配を目的とする政府では、会計に求める機能が違うのでその方式も違うというのは納得のいく説明です。ただ、今までがそうだったとしても今後も単式・現金主義会計を続ける積極的な理由もないと思いますので、変えていくのが望ましいんじゃないかと思います。単年度主義は憲法上の制約によるものとの見解も見聞きしたことはありますが、毎年度議決さえ行えば、特定の事業について複数年度の予算を可決して、年度末に残した分は繰り越すということを、禁じてはいないように思うのですがどうなのでしょうか。現行の解釈や運用等を特に調べずに書いていますのでかなり乱暴な意見だとは思いますが。