私は何を知っているか?

Mark/まあく タイトルはミシェル・ド・モンテーニュ(1533~1592)の言葉 「Que sais-je?(私は何を知っているか?)」

スポンサーリンク

私たちは、税理士試験の適正化を要望します
このblogのおすすめ記事

特定秘密保護法案が定義するテロリズムの解釈について

目下国会で審議中の特定秘密保護法は非常に重要な問題です。この件に関し内田樹さんがblogでこのように言及しています。

テロリズム(政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう)」(第12条)
森担当相は国会答弁でこの条文の解釈について、最初の「又は」は「かつ」という意味であり、「政治上」から「殺傷し」までを一つ続きで読むという珍妙な答弁を行った。
しかし、この条文の日本語は、誰が読んでも、「強要」と「殺傷」と「破壊」という三つの行為が「テロリズム」に認定されているという以外に解釈のしようがない。

法令の条文に書かれた日本語というものは、特別なターム(専門用語)を使って書かれており、日本語話者がただそのまま日本語を読んで受ける印象で意味を取ったらいいというわけではなく、言外に特別な意味が与えられていることがあります。ある程度、こう書かれていたらこの通り解釈するという法学における常識のようなものです。

以前に書いた以下の記事でも関連することを書いているので是非参照してください。


果たして内田樹さんの言う通りの解釈でいいのでしょうか。この条文に登場するテロリズムの解釈について気になったので今回はこの点に絞って掘り下げてみます。そもそもこの条文の前後関係はどうなっているのかということで法案全体から見てみます。

特定秘密保護法

基本的に第一条は見ておきましょう。

 (目的)
 第一条 この法律は、国際情勢の複雑化に伴い我が国及び国民の安全の確保に係る情報の重要性が増大するとともに、高度情報通信ネットワーク社会の発展に伴いその漏えいの危険性が懸念される中で、我が国の安全保障に関する情報のうち特に秘匿することが必要であるものについて、これを適確に保護する体制を確立した上で収集し、整理し、及び活用することが重要であることに鑑み、当該情報の保護に関し、特定秘密の指定及び取扱者の制限その他の必要な事項を定めることにより、その漏えいの防止を図り、もって我が国及び国民の安全の確保に資することを目的とする。

国家の安全保障のために、特定秘密を定め、漏洩を防止する目的ということです。ここはいいでしょう。問題のテロリズムの定義はどこに登場するかというと、かなり深いところです。

 第五章 適性評価

(行政機関の長による適性評価の実施)
 第十二条 行政機関の長は、政令で定めるところにより、次に掲げる者について、その者が特定秘密の取扱いの業務を行った場合にこれを漏らすおそれがないことについての評価(以下「適性評価」という。)を実施するものとする。

 2 適性評価は、適性評価の対象となる者(以下「評価対象者」という。)について、次に掲げる事項についての調査を行い、その結果に基づき実施するものとする。

 一 特定有害活動(公になっていない情報のうちその漏えいが我が国の安全保障に支障を与えるおそれがあるものを取得するための活動、核兵器、軍用の化学製剤若しくは細菌製剤若しくはこれらの散布のための装置若しくはこれらを運搬することができるロケット若しくは無人航空機又はこれらの開発、製造、使用若しくは貯蔵のために用いられるおそれが特に大きいと認められる物を輸出し、又は輸入するための活動その他の活動であって、外国の利益を図る目的で行われ、かつ、我が国及び国民の安全を著しく害し、又は害するおそれのあるものをいう。別表第三号において同じ。)及びテロリズム(政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう。同表第四号において同じ。)との関係に関する事項(評価対象者の家族(配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。以下この号において同じ。)、父母、子及び兄弟姉妹並びにこれらの者以外の配偶者の父母及び子をいう。以下この号において同じ。)及び同居人(家族を除く。)の氏名、生年月日、国籍(過去に有していた国籍を含む。)及び住所を含む。)


構造は一応押さえておかないといけないので抜き出しました。第十二条2項第一号という場所です。適正評価とは、第1項で掲げる者について、国が監視対象とするということですが、その内容が2項で指定されています。その評価を行う項目の中(一号から七号の中の一号の後段)でテロリズムとは何かが定義されています。

ここで定めたテロリズムの定義が、別表第4号に準用されます。別表第4号というのはこれです。

【第4号(テロ活動防止に関する事項)】
イ テロ活動による被害の発生・拡大の防止(以下「テロ活動防止」という。)の
ための措置又はこれに関する計画若しくは研究
ロ テロ活動防止に関し収集した国際機関又は外国の行政機関からの情報その他の
重要な情報
ハ ロに掲げる情報の収集整理又はその能力
ニ テロ活動防止の用に供する暗号

テロリズムの解釈

改めて。

テロリズム(政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう。)

内田さんは「強要」と「殺傷」と「破壊」という三つの行為が「テロリズム」だと解釈していますが、上の条文を内田さんは以下のように構造的に分解していることになります。


政治上その他の主義主張に基づき、/ A(国家若しくは他人にこれを強要し)、又は B(社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し)、又は C(重要な施設その他の物を破壊するための活動)をいう。

殺傷、破壊という、明らかに非合法的な行為だけでなく、強要という(blogに主義主張を書くだけのような)行為ですら単独でテロリズムに認定されてしまう余地がある、と内田さんは言っておられるわけです。

ただこの解釈はちょっと不自然ではないかと思います。基本的に法令では「又は」を連続して繋ぐことはないです。A,B,C3つのものを同列に繋ぐときは、普通「A、B又はC」と書くからです。「A又はB又はC」は変です。


だから私は最初このように解釈するのではないかと思いました。


政治上その他の主義主張に基づき、/ A(国家若しくは他人にこれを強要し)、又は B(社会に不安若しくは恐怖を与える目的で/ b1[人を殺傷し]、又はb2[重要な施設その他の物を破壊するための活動])をいう

A又はBで大きく切れていて、さらにBの中で1と2に別れている。テロリズムは「強要」と「恐怖を与える目的でする殺傷と破壊」をいう。普通こういう関係を表すときは「A又はB、若しくはC」と繋ぐのですが、Bの中に修飾節(社会に不安若しくは恐怖を与える目的で)があってBの内容を限定する形となっているので、AとBの関係が同列ではなくなっているのかなと。


しかし、もう一つこういう解釈ができます。


政治上その他の主義主張に基づき、/ 1A(国家若しくは他人にこれを強要し)、又は 1B(社会に不安若しくは恐怖を与える)目的で / 2A(人を殺傷し)、又は 2B(重要な施設その他の物を破壊するための活動)をいう。

前段と後段それぞれに2つ選択肢がある2×2の組み合わせです。

こういう解釈をする条文の例として次のものを挙げます。

内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上その事業年度の益金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、資産の販売、有償又は無償による資産の譲渡又は役務の提供、無償による資産の譲り受けその他の取引で資本等取引以外のものに係わるその事業年度の収益の額とする。
法人税法第22条2項)

この条文中の、「有償又は無償による資産の譲渡又は役務の提供」は次の4つを例示しているものと考えられています。

  • 有償による資産の譲渡
  • 有償による役務の提供
  • 無償による資産の譲渡
  • 無償による役務の提供

これと同じ構造だとすると、

政治上その他の主義主張に基づき、

  • 国家若しくは他人にこれを強要する目的で、人を殺傷すること
  • 国家若しくは他人にこれを強要する目的で、重要な施設その他の物を破壊するための活動
  • 社会に不安若しくは恐怖を与える目的で、人を殺傷すること
  • 社会に不安若しくは恐怖を与える目的で、重要な施設その他の物を破壊するための活動

の4つを指定していることになります。この条文を書いた人はこの解釈を想定して書いたのではないかと思います。この解釈には読点の位置が不自然とも個人的には思いますが、前に紹介した記事に書いたように、現行の日本の法令の多くに、意味上の区切りをとりにくいこのような使われ方がされています。




しかしここで書いた解釈が絶対かというと、内閣が時宜に応じて恣意的にこう読むんだと言い張って、司法(裁判所)が追認(否定しなかったら)それで通ってしまうレベルだと思います。他に解釈しようのない文章に区切らない限り、法的安定性には欠けると思います。ここまで書いてきて何ですが、私は法律の専門家ではありませんので一解釈としてご理解ください。




この法案の問題点はやたら「その他」の表現が多いことです。「A又はB」であればAかBの行為しか取り締まることはできませんが、「A又はBその他の行為」とあれば、AとBとプラスαで何でも適用することが出来るフリーハンドを政府に与えることになります。機密保護のための法令や、処罰は必要があると思いますが、今の法案は無制限に拡大解釈が可能なとんでもない法律だと思います。

この法案には100名単位の憲法学者、刑法学者や日弁連国連の部会が反対を表明しています。公聴会で与党側の意見人まで全員が反対した中で法案を可決させようとする安倍内閣の動きは異常だと思います。


アメリカの911テロ後に出来た、愛国者法(the Patriot Act)の様な、テロの脅威を謳えば何でも取締の対象に出来る悪名高い法律になるのではないかと危惧しています。

追記

より明解な解説を書いてくださった方がいます。(12/2追記)