特定秘密保護法案が定義するテロリズムの解釈について
目下国会で審議中の特定秘密保護法は非常に重要な問題です。この件に関し内田樹さんがblogでこのように言及しています。
「テロリズム(政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう)」(第12条)
森担当相は国会答弁でこの条文の解釈について、最初の「又は」は「かつ」という意味であり、「政治上」から「殺傷し」までを一つ続きで読むという珍妙な答弁を行った。
しかし、この条文の日本語は、誰が読んでも、「強要」と「殺傷」と「破壊」という三つの行為が「テロリズム」に認定されているという以外に解釈のしようがない。
法令の条文に書かれた日本語というものは、特別なターム(専門用語)を使って書かれており、日本語話者がただそのまま日本語を読んで受ける印象で意味を取ったらいいというわけではなく、言外に特別な意味が与えられていることがあります。ある程度、こう書かれていたらこの通り解釈するという法学における常識のようなものです。
以前に書いた以下の記事でも関連することを書いているので是非参照してください。
果たして内田樹さんの言う通りの解釈でいいのでしょうか。この条文に登場するテロリズムの解釈について気になったので今回はこの点に絞って掘り下げてみます。そもそもこの条文の前後関係はどうなっているのかということで法案全体から見てみます。
特定秘密保護法案
基本的に第一条は見ておきましょう。
(目的)
第一条 この法律は、国際情勢の複雑化に伴い我が国及び国民の安全の確保に係る情報の重要性が増大するとともに、高度情報通信ネットワーク社会の発展に伴いその漏えいの危険性が懸念される中で、我が国の安全保障に関する情報のうち特に秘匿することが必要であるものについて、これを適確に保護する体制を確立した上で収集し、整理し、及び活用することが重要であることに鑑み、当該情報の保護に関し、特定秘密の指定及び取扱者の制限その他の必要な事項を定めることにより、その漏えいの防止を図り、もって我が国及び国民の安全の確保に資することを目的とする。
国家の安全保障のために、特定秘密を定め、漏洩を防止する目的ということです。ここはいいでしょう。問題のテロリズムの定義はどこに登場するかというと、かなり深いところです。
第五章 適性評価
(行政機関の長による適性評価の実施)
第十二条 行政機関の長は、政令で定めるところにより、次に掲げる者について、その者が特定秘密の取扱いの業務を行った場合にこれを漏らすおそれがないことについての評価(以下「適性評価」という。)を実施するものとする。
2 適性評価は、適性評価の対象となる者(以下「評価対象者」という。)について、次に掲げる事項についての調査を行い、その結果に基づき実施するものとする。
一 特定有害活動(公になっていない情報のうちその漏えいが我が国の安全保障に支障を与えるおそれがあるものを取得するための活動、核兵器、軍用の化学製剤若しくは細菌製剤若しくはこれらの散布のための装置若しくはこれらを運搬することができるロケット若しくは無人航空機又はこれらの開発、製造、使用若しくは貯蔵のために用いられるおそれが特に大きいと認められる物を輸出し、又は輸入するための活動その他の活動であって、外国の利益を図る目的で行われ、かつ、我が国及び国民の安全を著しく害し、又は害するおそれのあるものをいう。別表第三号において同じ。)及びテロリズム(政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう。同表第四号において同じ。)との関係に関する事項(評価対象者の家族(配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。以下この号において同じ。)、父母、子及び兄弟姉妹並びにこれらの者以外の配偶者の父母及び子をいう。以下この号において同じ。)及び同居人(家族を除く。)の氏名、生年月日、国籍(過去に有していた国籍を含む。)及び住所を含む。)
構造は一応押さえておかないといけないので抜き出しました。第十二条2項第一号という場所です。適正評価とは、第1項で掲げる者について、国が監視対象とするということですが、その内容が2項で指定されています。その評価を行う項目の中(一号から七号の中の一号の後段)でテロリズムとは何かが定義されています。
ここで定めたテロリズムの定義が、別表第4号に準用されます。別表第4号というのはこれです。
【第4号(テロ活動防止に関する事項)】
イ テロ活動による被害の発生・拡大の防止(以下「テロ活動防止」という。)の
ための措置又はこれに関する計画若しくは研究
ロ テロ活動防止に関し収集した国際機関又は外国の行政機関からの情報その他の
重要な情報
ハ ロに掲げる情報の収集整理又はその能力
ニ テロ活動防止の用に供する暗号
テロリズムの解釈
改めて。
テロリズム(政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう。)
内田さんは「強要」と「殺傷」と「破壊」という三つの行為が「テロリズム」だと解釈していますが、上の条文を内田さんは以下のように構造的に分解していることになります。
政治上その他の主義主張に基づき、/ A(国家若しくは他人にこれを強要し)、又は B(社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し)、又は C(重要な施設その他の物を破壊するための活動)をいう。
殺傷、破壊という、明らかに非合法的な行為だけでなく、強要という(blogに主義主張を書くだけのような)行為ですら単独でテロリズムに認定されてしまう余地がある、と内田さんは言っておられるわけです。
ただこの解釈はちょっと不自然ではないかと思います。基本的に法令では「又は」を連続して繋ぐことはないです。A,B,C3つのものを同列に繋ぐときは、普通「A、B又はC」と書くからです。「A又はB又はC」は変です。
だから私は最初このように解釈するのではないかと思いました。
政治上その他の主義主張に基づき、/ A(国家若しくは他人にこれを強要し)、又は B(社会に不安若しくは恐怖を与える目的で/ b1[人を殺傷し]、又はb2[重要な施設その他の物を破壊するための活動])をいう
A又はBで大きく切れていて、さらにBの中で1と2に別れている。テロリズムは「強要」と「恐怖を与える目的でする殺傷と破壊」をいう。普通こういう関係を表すときは「A又はB、若しくはC」と繋ぐのですが、Bの中に修飾節(社会に不安若しくは恐怖を与える目的で)があってBの内容を限定する形となっているので、AとBの関係が同列ではなくなっているのかなと。
しかし、もう一つこういう解釈ができます。
政治上その他の主義主張に基づき、/ 1A(国家若しくは他人にこれを強要し)、又は 1B(社会に不安若しくは恐怖を与える)目的で / 2A(人を殺傷し)、又は 2B(重要な施設その他の物を破壊するための活動)をいう。
前段と後段それぞれに2つ選択肢がある2×2の組み合わせです。
こういう解釈をする条文の例として次のものを挙げます。
内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上その事業年度の益金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、資産の販売、有償又は無償による資産の譲渡又は役務の提供、無償による資産の譲り受けその他の取引で資本等取引以外のものに係わるその事業年度の収益の額とする。
(法人税法第22条2項)
この条文中の、「有償又は無償による資産の譲渡又は役務の提供」は次の4つを例示しているものと考えられています。
- 有償による資産の譲渡
- 有償による役務の提供
- 無償による資産の譲渡
- 無償による役務の提供
これと同じ構造だとすると、
政治上その他の主義主張に基づき、
- 国家若しくは他人にこれを強要する目的で、人を殺傷すること
- 国家若しくは他人にこれを強要する目的で、重要な施設その他の物を破壊するための活動
- 社会に不安若しくは恐怖を与える目的で、人を殺傷すること
- 社会に不安若しくは恐怖を与える目的で、重要な施設その他の物を破壊するための活動
の4つを指定していることになります。この条文を書いた人はこの解釈を想定して書いたのではないかと思います。この解釈には読点の位置が不自然とも個人的には思いますが、前に紹介した記事に書いたように、現行の日本の法令の多くに、意味上の区切りをとりにくいこのような使われ方がされています。
しかしここで書いた解釈が絶対かというと、内閣が時宜に応じて恣意的にこう読むんだと言い張って、司法(裁判所)が追認(否定しなかったら)それで通ってしまうレベルだと思います。他に解釈しようのない文章に区切らない限り、法的安定性には欠けると思います。ここまで書いてきて何ですが、私は法律の専門家ではありませんので一解釈としてご理解ください。
この法案の問題点はやたら「その他」の表現が多いことです。「A又はB」であればAかBの行為しか取り締まることはできませんが、「A又はBその他の行為」とあれば、AとBとプラスαで何でも適用することが出来るフリーハンドを政府に与えることになります。機密保護のための法令や、処罰は必要があると思いますが、今の法案は無制限に拡大解釈が可能なとんでもない法律だと思います。
この法案には100名単位の憲法学者、刑法学者や日弁連、国連の部会が反対を表明しています。公聴会で与党側の意見人まで全員が反対した中で法案を可決させようとする安倍内閣の動きは異常だと思います。
アメリカの911テロ後に出来た、愛国者法(the Patriot Act)の様な、テロの脅威を謳えば何でも取締の対象に出来る悪名高い法律になるのではないかと危惧しています。
GMOとくとくBBでWiMAXを2,180円で契約したはずが6,395円の請求が来たので問い合わせた
2014年6月現在最新の情報は、以下の記事もご覧ください。
さて以前に、GMOとくとくBBでWiMAXを契約して使い始めたことを書いたのだけど、最初のカードの引き落とし請求が届き、全然違う料金が請求されていたので面食らって調べてみた。
GMOは契約内容の書面を交付しない
GMOとくとくBB(GMOインターネット株式会社)の「鬼安ゴールデンMAXキャンペーン」というもので入会した。月額2180円で1年間WiMAXを利用できる(通常3770円)というものだ。ところが先日クレジットカードの請求書を見てみたら6,395円という予期しない数字が書かれていたので驚いた。
思い返すと契約時から不安な点はあった。ネットで入会手続き後、郵便で会員IDなどが書かれた登録証と利用ガイドは届けられていたが、その中に契約プランや期間、料金等を記した書面は含まれていなかった。「サービス特約」として記された約款を読んでも、通常の契約金額について記載があるものの今回私が申し込んだキャンペーンについては何ら触れられていない。特別安い料金であったから入会したのに、後からしれっと通常の料金を請求されていても法的に対抗できないのではないかと不安にさせるような対応である。
6,395円という請求についてどうなっているのか問い合わせることにした。ホームページを見ると入会に関する問い合わせ先としてフリーダイヤルの番号が大きく書かれているので、最初そちらにかけてみたのだが、そちらは新規入会のみについての窓口で、既存会員の問い合わせは東京03の番号に営業時間内にかけ直すようにとのことである。入り口だけは親切丁寧な対応で・・・という正直な感想を持ってしまうが、まあ、企業としてはそこはよくあることというか、仕方のない面もあろう。そこに文句をつけるのはおいておくとしよう。
そちらに電話してみると、音声ガイダンスが流れ「順番にお繋ぎしています」。まあこれも最近よくあるやつだ。さあオペレーターに繋がるまで15分になるのか30分になるのか、スピーカーホンにして電話が繋がるのを待ちながら、GMOのホームページを検索してみる。
利用料金の明細書が欲しいのですが?
大変申し訳ございませんが、GMOとくとくBBでは明細書の発行は行っておりません。
http://help.gmobb.jp/app/answers/detail/a_id/14373/kw/
BBnaviから請求明細・入金明細がご覧いただけますので、ご活用ください。
サイトにログインした先で料金明細が見れるようになっているのはわかったが、これすごくわかりにくいところにある。知っていないと、トップからたどり着くのは至難の業だと思う。
請求ミス!
やっとのことで見てみると、4,805円となっている。月額2,180円に最初の月はWiMAXクレードルの料金2,625が合算されているのでこれは承知していた(クレードルはオプションで申し込んだ)が、やっぱり6,395円というのはおかしい。やっと繋がった電話のオペレーターに聞くと、確かにおかしいですね、と。調べてもらった結果、結局これは請求ミスなんだとか。翌月の料金から差し引いて請求しますので、と説明された。一体なんなんだ。どこからこんな中途半端な数字が来たんだろうか。こっちから電話で確かめるまで、何の説明もなかったわけで、やっぱりあんまり信頼できない会社だなと言わざるを得ない。
それからいくつか問いただしておいたが、サイト上でも自分の契約プランや料金の確認をすることはできないのだそうだ。(下の画像にある情報が全て)確実にキャンペーン価格で契約できているかの確認と、契約満了時の手続き等文書で送っておいてくださいと依頼した。
対策として自分で契約内容を残しておきたい
メールで送ってもらった内容は以下。
GMOとくとくBB お客様センター です。
先程はお電話でお話しさせていただき、ありがとうございました。
お問い合わせいただきました内容につきまして、下記にてご案内
させていただきます。
【ご契約期間につきまして】
とくとくBBでは、端末お届け月を含む24か月間のご利用をお約束い
ただくことで、購入時の端末代金、事務手数料等を無料にするキャ
ンペーンにてお申し込みを承っております。キャンペーン適用期間中にご解約もしくはGMOとくとくBBのほかの
接続サービスへプラン変更された場合は、キャンペーン違約金が発生
いたします。※解約月が端末お届け月を含む24か月目まで:16,380円
***様の場合、特別キャンペーンにてご入会をいただいておりますため、
上記内容以外に、13ヶ月目にてのご解約であれば違約金が発生いたしません。
※2014年8月が13ヶ月目となります。
【ご解約方法】
サービスを終了される場合は、弊社所定の解約申請書をご返送いただきま
してのお手続きとなります。***様からのご連絡を確認いたしましたら、
ご本人様確認をさせていただき解約申請書を郵送させていただきます。お手元に申請書類が到着いたしましたら、必要事項をご記入・ご捺印
のうえ、弊社までご返送くださいますようお願いいたします。※弊社にて毎月20日までに解約申請書の返送確認が取れた場合は、当
月末解約とさせていただき、毎月20日以降に返送確認が取れた場合
には翌月の末日をもってのご解約となります。※2014年8月1日から20日までの間にて弊社にて到着を確認させていただ
き、2014年8月末ご解約となります。
ご利用いただく上で、お気づきの点やご不明な点がございました
ら、お気軽にご連絡くださいますようお願い申し上げます。
今後ともGMOとくとくBBをよろしくお願い申しあげます。
というわけでメールで送ってもらったのだけど、注意点をまとめると。
- 13か月めからは月額料金が高くなる。
- 13か月目に解約すれば違約金が発生しないが何もしないと一年延長される。
- 解約はこちらから請求し、捺印の上郵送しなければならない。
私は規約も全部目を通してから申し込みしているので違約金や、料金についても当初の計算通りであるということが確認できたのでよいのだが、見落としていて予想外のことになっている人もいるんだろうなと思う次第。(私は最初から13か月目に解約してその時点でまた安くなっているプロバイダを探すつもり。)キャンペーンの内容については向こうから送ってきた書面はこれが唯一。申し込みの時のページがサイトから削除されたら、料金や違約金について確認できるのものが手元には何も無くなってしまうのではないだろうか。このサービスを契約する人は、注意事項も小さい文字も全部読んだ上で自分で印刷しておく必要があるだろう。
自分が何年何月に入会したかわからなくなってしまったのですが?
入会時にお送りした「登録証」の発行日、またBBnaviのご請求明細などを参考にご覧ください。
http://help.gmobb.jp/app/answers/detail/a_id/14607/kw/
見かけ上安く見える(実際には細かな制約のある)キャンペーンで勧誘したり、顧客対応にあたる経費を節約した上で実現している価格であろうことも想像できるのである程度仕方がないかなと思わんでもない。が、料金に関する部分の明確な書面の交付をしないのは消費者契約法その他法的な問題がないのだろうか。不作為を通り越して悪意があるのではという対応に感じる。(コメント欄も参照のこと↓)
併せて、このような格安のサービスを利用する際は注意深く確認しておかないと思わぬ事態に泣くかもしれませんよ、という消費者側の意識も喚起しておく。
財務諸表(BS, PL等)が何か分からない人のためにざっくりと解説する
この記事は、以下の記事から分離しました。
財務諸表とは
財務諸表(financial Statements)とは、「企業の一定期間の経営成績や財務状態等を明らかにするための書類」等と会計学では説明されます。会計の4つの機能、認識→測定→記録→伝達のうち、伝達を担うものです。
企業では日々の営業取引を複式簿記の方法で記録していまして、それを年度末等に一覧表にして企業の外部の人に公表したり、あるいは企業内部の経営管理のために使うものです。要は企業の成績表(通信簿)です。これを見れば企業のビジネスの規模・体質や、一年間(会計期間)にどれだけの成績を上げたかがわかります。
一般的には「決算書」と呼ばれたり、会社法ではこれらを「計算書類」と定義しています。
財務諸表の例
- 貸借対照表(Balance Sheet)
- 損益計算書(Profit & Loss statement)
- キャッシュ・フロー計算書(Cash Flow Statement)
- 株主資本等変動計算書(Statements of Shareholders' Equity)
- 個別注記表
- 付属明細書
等
これらのうち、貸借対照表(B/S)と、損益計算書(P/L)が最も基本的なものであり、キャッシュ・フロー計算書(C/S)は近年になって登場した比較的新しい概念のものです。また株主資本等変動計算書(S/S)は、貸借対照表(B/S)の中の純資産の部(の変化)を詳しく説明したものであり、個別注記表と付属明細書は上記のものを補足するものです。
B/Sとは
貸借対照表(B/S)は、最も簡単な説明は、「ある一定時点での財政状態を表す財務諸表」です。
借方(表の左側)に「資産」、貸方(右側)に「負債」、資産と負債のその差額として「純資産」を表示します。会計学では貸方を調達源泉、借方を運用形態であるなんて説明するのですが、簡単にいうとこういうことです。貸方(右側)は「どのようにお金を集めてきたか」で、借方(左側)はそれを「何に投資しているか」です。実はこれは、『財務3表一体理解法』の國貞克則氏の本の中で説明されているのですが、すごくわかりやすいです。私もそれまで簿記の本等で勉強を始めた頃にふんわりと理解していたのですが、この本の説明を読んで一発で覚えました。
もう一度説明しますが、貸方は事業の元手となるお金をどうやって集めてきたか(借りてきた→負債、(経営者自身も含む)株主に払い込んでもらった→純資産)です。借方はそれを今どのような形で持っているか→資産。資産の内容を細かくて見ていけば、現金のままであれば「現金」、商品を仕入れたなら「商品」、本社の建物や車を購入したなら「建物」や「車両運搬具」などの勘定科目になるわけです。総括して資産です。
借方、貸方という言葉の意味を考えるとややこしくなってくるでしょうが、言葉の意味は全く考えなくて結構です。歴史的には経緯があるんでしょうが、ただのフィールドの名前です。
最初にB/Sは、ある一定時点の、と言いましたが、その通り。1月1日時点のとか、3月15日時点のとか、ある日を基準に作ります。普通は会社を設立した時に最初に作って、後は期末毎に作ります。年度末とか四半期末とか。内部的には月末とか、毎日作ってもいいですが大変なだけでそれほど意味はありません。
P/Lとは
続いて損益計算書(P/L)ですが、「ある一定期間における経営成績を表す財務諸表」です。
B/Sが一定時点のでしたが、P/Lは一定期間の、つまり1月1日から12月31日、といったような一定期間における、収益と費用を報告し、収益から費用を引いて残った利益(又は損失)を求めます。損益計算書には5つの利益がある、なんてどこかで聞いたことがあると思いますが、それはこういうことです。
損益計算書(P/L)
売上高
ー 売上原価
__________________________
売上総利益(粗利)
ー 販売費及び一般管理費
__________________________
営業利益
+ 営業外収益
ー 営業外費用
__________________________
経常利益
+ 特別利益
ー 特別損失
___________________________
税引前当期純利益
ー 法人税等
___________________________
当期純利益(損失)
一番上に売上高があり、これは文字通り、商品を売り上げた収益。そこから原価(商品の仕入れ価額)を差し引いたものが売上総利益(粗利)と呼ばれるものです。会社が事業を行うにはそれ以外にもたくさんの費用がかかります。人件費とか、広告宣伝費とか、お店が賃貸であれば賃借料、水道光熱費などなど。それら販売費及び一般管理費、略して販管費と呼ばれますが、売上総利益からこれを引いたのが営業利益。本業から出た利益と言われます。
そこからさらに本業以外の、これは収益と費用と両方ありますが、例えば自社ビルを持っていて(不動産業が本業ではない会社で)賃貸収入があればそれは本業以外の収益ということで営業外収益。他に預金につく受取利息や借入金にかかる支払利息がこの区分に計上されます。これを足し引きして出たのが経常利益。ケイツネとか呼ばれます。ちなみにアメリカの会計制度には経常利益の概念はないそうです。
さらに臨時・非経常的な項目として出てくるのが、特別利益・損失。これらを足し引きして出てくるのが税引前当期純利益。最後に法人税等を引いて当期純利益(又は損失。最終利益などとも呼ばれるます)が出てきます。
ここで見てきたP/Lは、上から一列に科目を流してきたのですが、B/Sと同様に、借方と貸方の左右に分けて表示するタイプのものもあります。その場合収益が貸方に費用が借方に並びますが、表すものは同じです。
B/SとP/Lとの連携
これでB/SとP/Lが何であるかは大雑把に分かったと思いますが、このB/SとP/Lは実は繋がっています。P/Lの最後に貸方に利益が残りますが、これがどこへ行くかというと、B/Sの純資産の部にある繰越利益剰余金に加算されるのです。
B/Sの説明で言ったように、企業はまず資本を「調達」し、それを商品などの形に変えて「投下」し、売り上げることによって「回収」します。通常、事業がうまくいっている企業であれば利益の分だけ大きくなって返ってきますから、P/Lに利益の形で現れ、それが期末のB/Sを大きくするのです。成長期にある会社はこうしてどんどん大きくなっていきます。
会計期間と事業年度
C/Sとは
PBR, PER, ROE等の分析指標
さらなる学習のために:参考資料
本文中でも紹介しましたが、会計知識ゼロから、財務諸表の意味とその繋がりがわかるようになる、國貞克則の『財務3表一体理解法』はおすすめです。この本は大ヒットしてその後も続編を何冊も出されていてますが、先生は素晴らしい慧眼の持ち主です。
さらに、取引を複式簿記の仕訳に起こしてみて、それがどのように財務諸表に反映されるかを学ぶとより理解が深まるでしょう。一回読めば、なんとなくわかったような気にはなりますが、簡単には記憶に定着しないものです。実際に手を動かして自分で財務諸表を作ってみるとよくわかります。以前に書いたこちらの記事の後半でも紹介しましたが、このテキストがおすすめです。7日間で最低限の簿記の知識が身につきます。
この記事は後日、図表入りでさらに詳しく解説してみようと思います。いつになるかわかりませんが。
米Amazonの財務諸表をグラフ化して分析(楽天、丸善との比較あり)
(良くも悪くも)みんな大好きアマゾン。私が2009年に書いたこの記事にも、その後特にフォローしていないのですが今でもたまにアクセスがあるようです。最近もAmazonの驚異的な高成長かつ安定的な経営実績を示したある記事が話題になっていました。
ということで、確かにあのグラフはインパクト大なのですが、あれ一つではわかったようなわからないような(投資に回している金額はあれからは全く分からないですし)、その意味を正しく取れていない人もいるでしょうから、さらに詳しく解剖してみたいと思います。
参考資料は、AmazonのIRページから、2012年と、以前にダウンロードしてあった2008年のAnnual Reportから数字を抜き出しました。アメリカのAnnual Reportは、日本の有価証券報告書に比べると基本的なP/L,B/S自体簡素な作りで、販管費の内訳や、固定資産の明細等も載っていないようです。(それでも100ページ弱ありますが。)アメリカの制度会計はよく知らないですし、もしかすると見落としていた別のところに記載があるのかもしれません。ともかくこのグラフを作成するのにかなりの時間を使ってしまったので、これ以上の深入りは避けたいと思います。
私がやろうとするのは、P/L,B/S等の基本的な財務諸表をグラフ化して、会社が行う事業のその規模、財務の構成をぱっと見で理解できるように視覚化しようとする試みです。財務諸表を見慣れていない人でも理解が容易になり、投資判断にも役立ちます。そのグラフとはこのようなものです。
このグラフの読み方は以下に説明していきます。
続きを読む報道被害を生んでおいて、しれっと他人事のように報じる某新聞
まあ、うちでとっているのは今は中日新聞だけなんですけど(笑)。一連の食品偽装表示の問題が全国に広がりを見せております。どこまでを問題とするべきか、線引きの難しいものもあり、表示が正確でなかったとしてもさして支障のないものから、消費者からしたら確かめようのない悪質なものまで、定期的にこのような問題が発覚して、人の首が飛ぶような重大なことであるということが巷間に啓発されるのがよいのではないかなどと思っております。
さて、名古屋が誇る中日新聞が、地元、名鉄グランドホテルのレストランでロブスターの一種を伊勢エビと表示していたと、1日付け夕刊の社会面トップででかでかと取り上げました。
▲中日新聞11月1日付夕刊
ネット上で確認できるのはこの記事だけなのですが、紙面ではご覧のように伊勢エビとロブスターの写真付きで「価格は数倍違う」と見出しを付けています。ここに載せられているロブスターは、我々がロブスターと聞いて一般にイメージするようなハサミの大きいロブスターで、いかにもこのロブスターが伊勢エビと称して提供されたかのような印象を与えています。これと、総支配人の「伊勢エビとロブスターはほぼ同種だと思っていた。職場の慣例で使われており、認識が薄かった」というコメントを見ると、素人目にも全然別ものに見えるようなものを、同じだと思っていたというのは随分と苦しい言い訳、酷い対応だと思うでしょう。
しかし、翌2日の朝刊一面に掲載された、ホテル提供のロブスターの写真を見ると、印象が変わります。このロブスターに特徴的な大きなハサミはなく、より伊勢エビっぽい形をしています。
しかしながら解説で、三重県水産研究所の話として、
ロブスターも伊勢エビも、海底を泳がず歩いて移動する「大型エビ」だが、ロブスターはアカザエビ科で、伊勢エビはイセエビ科。ロブスターはオマールエビなどのようにはさみを持つが、伊勢エビが、はさみがない。
として別物であると言い切っています。
▲中日新聞11月2日付朝刊
ところが、さらに3日の朝刊の続報では、話が変わります。
同ホテルが使っていた「アフリカ産ロブスター」は、イセエビ科に属する伊勢エビの仲間とみられ、はさみは小さくて、姿形も日本の伊勢エビとそっくり。流通名では「アフリカミナミイセエビ」「アフリカンロブスター」などと呼ばれる。
▲中日新聞11月3日付朝刊
要するにこのロブスターは業界で、「イセエビ」として通っていることもある、かなりイセエビに近い、ロブスターのようです。このエビを伊勢エビとして表示することの是非はおいておいて、酷いのは、この記事につけた中日新聞の見出しが、「誤解の苦情も」。
「はさみを切り取って偽装をしていたなら、悪質だ」などと誤解した苦情が続いている。
などと、さも他人事のように書いていますが、名鉄グランドホテルが提供していた伊勢エビが大きなはさみのついたロブスターであるという、誤解を与える記事を書いたのは間違いなく中日新聞だと思うのですが。最初からホテルに話を聞いて、掘り下げていればこんなやらかしはなかったのではないでしょうか。これを見た後に先の総支配人のコメントを見ると印象もだいぶ変わってくると思います。ホテルからしたら、訂正して謝罪して欲しいレベルの先走った記事だと思うんですがねえ。
ファッションが資本主義を生んだ 菊地成孔『服は何故音楽を必要とするのか?』/ヴェルナー・ゾンバルト『恋愛と贅沢と資本主義』
このところの税理士試験の勉強と仕事に加え、カウンセリング、観劇、飲み会、友達の葬儀と休む間もなく続いた後に一段落ついたのがたたったのか、気力の低下と鬱を招いて先週はペースを崩して身体に強制的に休まされていた。いや、世の人々はこの程度のことでへばらずに日々働いていると思うのだが、悲しいことに私の能力(気力と体力)では限界だったようだ。その間、映画と本に逃避していたのでその一部のアウトプットをここに。それから連休は毎日10時間ほどを勉強に費やしたものの一向に追いつかない。私の近況はこのくらいにして。
菊地成孔(きくち なるよし)という人がいる。ジャズミュージシャン、作曲家で東大や音大の講師も勤めたことがあり、映画・音楽・ファッション・食などの批評、文筆業、ラジオDJ等もマルチにこなしている。まさに才能の溢れ出るような、という形容をもって紹介したい人である。氏のことは、NHKの爆門学問のテーマ曲を担当していて名前を目にしたことがあった程度だったが、たまたま付けたカーラジオで、再び出会った。しかもAMらしからぬ、シックで奥深い語り口と選曲に引き込まれてしまい、以来時々聞いている。ファッションや音楽に漠然と興味は持っているものの、いまいちわからない私のような素人にも、面白くガイドしてくれる氏のトーク。確かな知識とキレる頭を持った人の話は門外漢が聞いても本当に面白い。映画評や読書評にも言えることだが、秀逸なレビューというものは、それ自体が一つの作品(コンテンツ)として成り立つのだ。
ファッションショーのモデルが作るエレガンス
『服は何故音楽を必要とするのか?』は菊地氏がファッションマガジンに連載している記事をまとめたもので、シーズンごとのパリコレや東京コレクションに発表しているメゾンのショーを、服と音楽、その関係から論じたエッセイ集である。氏の、軽妙洒脱で饒舌な文章のそのテイストが伝わるよう、この本の中ほどからある一節の冒頭をここに抜粋してみたいと思う。
三年めのおさらい そしてアレキサンダー・マックィーンの奇妙な歌舞伎
2006-07 A/W MEN'Sご挨拶
親愛なる『ファッション・ニュース』読者の皆様こんにちは。満を持してグランド・オープンした表参道ヒルズによって「表参道の右岸と左岸」などという呼称を誰かが提案はしまいか?まさかそんなスノッブな。いや「東京メトロ」などという珍妙な呼称が通ってしまった段階でこの街にもうノンもウィもあるまい。それにしてもパリ郊外のあの暴動はいつどんな感じで鎮圧されたのだろうか?東京ならばあの辺りは葛飾区なのだが、葛飾で燃やされるべきシトロエンの台数は?等々と、東京のパリ化に関して、極端に無意味な自問自答を楽しみながらお送りしております当連載ですが、皆様お買い求めになったばかりの春物の着心地はいかがですか?ショップから戻って包みを開き、鏡の前で初めて袖を通したあの瞬間にだけ訪れる、あの特別な官能とともに、服飾の美に酔いしれる悦びが永遠のものでありますよう。そして音楽が、その悦びにクールでシックな祝福をもたらしますよう。
前回はモロッコのとても静かな元日よりお届けしましたが、今回は再び東京の空の下、パリとミラノから届いた六時間を超える映像を見ております。今回も素晴らしいショーが目白押し、そして今回も音楽の鳴っていないメゾンは一つたりともありません。当連載は、未編集のショーVTRのみを資料に、生まれたばかりの服たちと、そこに召喚された音楽たちとの、甘く、そして時として苦い関係について分析する、構造批評の実験室であります。
『服は何故音楽を必要とするのか?』pp.102-103
一つの記事の3割くらいは挨拶と前回までのあらすじで占められているのではないか(実際はそこまでではないだろうが体感的にはそれくらいの。)という感じすらあるが、文字数稼ぎだと文句を言っているのではなくて、その流れるように続く一連の文章は心地よいリズムを奏で、散りばめられたキーワードに趣味の良さを感じる。それはラジオDJのトーク的でもある。
ハイモードに属するファッションショーではモデルは決して音楽に合わせない。ショーにおける音楽はその一部を構成する重要な要素であり、それ用に特別に用意されたものでもあるのに関わらず、モデルはその音楽をまるで無視するかのようにすまして歩く。このズレこそがあのエレガンスを作っているのだという。ビートに合わせ身体を揺らすという人間の自然な行為に抗うことを強いられるその欲求不満を晴らすかのように、ショーが終わった後の打ち上げのクラブパーティーで最も激しく踊っているのが、モデルとデザイナーという人種なのではないかという、氏の指摘は実に興味深い。一方で近年起ったTGC(東京ガールズコレクション)では、不思議なことに、モデルが音楽に合わせて歩き、ランウェイで踊りだすのではないかという勢いなのだという。その独自性が何に発しているのか、モデルの年齢でも音量の違いでもないのだという。
連載が好評を受けての念願のパリコレ取材日記、音楽家へのインタビューと盛りだくさんの内容。正直に言って、出てくるターム(専門用語)だったり氏独特のボキャブラリーだったり、ちょいちょいわからない言葉が出てくるが、それも含めて面白い。
ファッションとは服や音楽等の流行に他ならないが、タイミング次第で、最高にクールなものがただのダサイものになってしまうという、論理では説明が難しく、真に不可思議なものだと思う。その「人々の熱狂」という現象が私にはとても興味深いし、センスともいうべき、「トレンドをつかむ」能力が何であるかを考える時、私は自身の動物的感覚の欠如を思うのだ。
ファッションが資本主義―――人類の発展を生んだ
ファッション繋がりということで、もう一冊。『恋愛と贅沢と資本主義』。経済学者マックス・ウェーバーは、近代資本主義の起りは、プロテスタンティズムの禁欲的倫理にあるとしたが、資本主義の発展の原動力は、女たちの贅沢であり、そんな女への男の色欲にあるとしたのが、ドイツのヴェルナー・ゾンバルトである。本書でゾンバルトは、16~18世紀のヨーロッパの宮廷、勃興する新階級の、服や帽子、陶器、鏡、宝飾品といったものへの贅沢・浪費ぶりを、歴史的文献から拾い上げた、王族や商人たちの収支計算書の数字から検証する。
本書の「第一章 新しい社会」「第二章 大都市」もいいが、なんといっても「第三章 愛の世俗化」以降、「第四章 贅沢の展開」「第五章 奢侈からの資本主義の誕生」が面白い。
一 恋愛に置ける違法原則の勝利
古い社会、そして新しい社会の生活のすべての動きにとって、中世からロココ時代までにかけて行われた両性関係の変化よりも重要であった出来事を私は知らない。とくに近代資本主義の発生を理解することは、この最重要事項を処理するにあたってとられきた措置がいかに根本から変化していったかを正しく評価することと、密接に結びついている。『恋愛と贅沢と資本主義』第三章 愛の世俗化 p.90
では愛とは何か、これについてあらゆる賢人が、愛が美への憧憬以外の何物でもないとしている点で一致している。だが美とは、万物の、調和とは一致、それに整合された形姿から生ずる優美にほかならない。肉体にとっても精神にとっても同じことがあてはまる。
同書 p.100
だがこうしありさまは根本的に変化していった。ヴァロア家とともにイタリアの文化がフランスに入り、同時に婦人への奉仕も流入した。すでにブラントームもフランス式の愛の技巧をを讃えた。十七および十八世紀において、フランスが今日までその地位を保っている愛の大学になったことはいうまでもない。だが、フランスでは、愛の生活がしまいには変態性にまで繊細化し、生活はすべて愛のためにだけというありさまが十八世紀の本質となった。
同書 p.101
私が敬愛する、モンテーニュ先生の引用も登場する。
さらに一歩をすすめた考え方をひっさげ、この種の思想系列の最後に登場してきたのはモンテーニュである。彼の考え方によれば、愛が楽しみであり、結婚が多くの貴重な目的を追求する社会あるいは教会の制度であるにしても、愛の望みを実現させることは、まえもって結婚のきずなで結ばれていることとは無関係である。そればかりではない。愛と結婚という二つのことはむしろたがいに排斥しあうものなのである。
同書 p.105
二 高等娼婦
ある社会で自由な恋愛が、拘束された愛つまり結婚とならんで羽振りをきかすようになり始めた場合、こうした新型の恋愛につかえる女は誘拐された良家の娘でなければ、姦通する女または娼婦である。ヨーロッパ諸民族の上層部で、恋愛詩人以来、純粋に性愛だけに集中した愛がいかに重要な意味をもつようになっていったか、その事情は誘拐、姦通ならびに売春の増加からつまびらかにしなくてはなるまい。
同書 p.108
さらに売春が中世以来、量的にふえ、その意義も深まったということは周知の事実である。とりわけ、大都市が売春の舞台であったことはいうまでもない。アヴィニヨンからはじまり、ロンドン、パリで頂点に達したわけだ。ふたたび、ペラトルカはそのすばらしいラテン語で、アヴィニヨンが売春婦の洪水で満たされたことを嘆いている。ついで、長い間ローマが、城内に住みついた公娼のおおいことで有名になった。一四九〇年のかなり信頼のおける統計によると、六八〇〇人の娼婦がいたことになる(ローマはその頃一〇万に満たない人口しかなかったのだから)。
同書 p.110
しかし彼女たちはまた、とりわけ街の愛人たち、大娼婦たちの模範になった。街の高等娼婦も、その発生時には、宮廷に対抗する競争相手として登場した。
(中略)
はじめにはこうした事情があったけれども、上流の素性のよい婦人たちとしても、完全に疎外されてしまうつもりがなければ、自分たちも二号たちと競争しなければならないありさまとなった。このことは、社交界の婦人たる者は、たとえどんなにおつにすましていようとしても、どうしてもとりくまなれけばならない、いわば文明の最低条件を形づくった。
そのため上流婦人も、明らかに娼婦たちに刺激されて体を洗うようになった。マリュウ・ド・ロミユは『娘のための教則本』(十六世紀のもの)の中で、女性たるものは、自分のためにも、または夫のためにも体を清潔にしておくようさとした。
一七世紀および十八世紀から、社交婦人が権力をほしいままに発揮するようになった「サロン」も、実はといえば、まずイタリアで、名高い娼婦たちも参加した機知あふるる人々の会合の続編であったにすぎない。
同書 p.121-122
高等娼婦の生活習慣は、上流階級の女性たちの模範であったわけだ。このあたり、江戸の吉原遊女が男性客の相手をするため、高い教養を備え、先進的な髪型や服装でファッションリーダーであった遊女のファッションを見物しようとするものが郭に押し掛けたという話とも共通する。
とある日、ルイ十四世がパリにあるレース製造所を見学したとき、彼は二万二〇〇〇リーヴルのレースを買いこんだ。
フランス宮廷における着るものについての贅沢ぶりは、十八世紀を通じてますますさかんになり、大革命の数年前には最高潮に達した。マリー・アントワネットの衣装に関する予算については、こまかい点までわかっている。
『恋愛と贅沢と資本主義』第四章 贅沢の展開 p.156
十八世紀のフランスの宮廷が、王の愛妾によって完全に支配され、宮廷生活が彼女たちによって方向づけられたことは周知のとおりである。ポンパドゥル夫人は、彼女の趣味のおもむくままに宮廷の全生活の支配者となった。
同書 P.158
四 女の勝利
1 奢侈の一般的発展の傾向
(a)屋内的になってゆく傾向
(b)即物的になってゆく傾向
(c)感性化、繊細化の傾向
(d)圧倒される傾向
同書 pp.196-202
だが、この(旧式の)女性崇拝と砂糖との結合は、経済史的にはきわめて重要な意味がある。なぜなら、初期資本主義期に女が優位に立つと砂糖が迅速に愛用される嗜好品になり、しかも砂糖があったがために、コーヒー、ココア、紅茶といった興奮剤がヨーロッパで、いちはやく広く愛用されるようになったからだ。しかもこの四つの産物についての商業、ヨーロッパ各国の植民地におけるココア、コーヒー、砂糖の生産、ヨーロッパ内部におけるココアの加工、ならびに砂糖の精製は、資本主義発展のうえで大きな役割をはたした。
同書 p.204
各国政府は、奢侈を奨励する方向で施策をくりひろげた。
十七世紀を通じ、すみやかな歩みで資本主義が発展した国々では、贅沢禁止令が消滅していった。
『恋愛と贅沢と資本主義』第五章 奢侈からの資本主義の誕生 p.238
モンテスキューはいっている。
「王国では奢侈はなくてはならぬ。もし富者が贅沢のための消費をあまりしなくなると、貧乏人は飢えてしまうだろう。」
同書 p.240
奢侈はたしかに害悪であり、罪であるけれども、産業を促進することによって全体には利益をもたらすものであるというこうした考え方は、イギリスにもひろまっていった。「浪費の悪徳は、個人にとって害はあるが商業にとってはそうはいえない。」倫理的色彩の強いデイヴィット・ヒュームさえ次のような結論に達した。
同書 p.241
皆が金を使わないデフレの時代に苦しむ日本経済を救うのが、アベノミクスの掛け声に引かれてその初端を見せ始めた奢侈であろうことは疑いのない事実。
(c)仕立業 手工業的仕立業からは、十八世紀の間に個々の企業が台頭し、資本主義的企業に変わっていった。上品なお客たち、すなわちきちんと金を払ってくれる客のために働いてきた企業内では奢侈品もつくられた。
奇妙なことに紳士服仕立ての分野では、まず既製服のの仕立てが、今日ではもはや通例ではないような方式で資本主義の土台の上にのるようになった。贅沢な既製服の生産は、十八世紀では全然禁じられていなかったように思われる。贅沢な既製服が、イギリスにもフランスにもあったことが指摘されている。
同書 pp.325-326
きわめて多くの場合(すべての場合ではない!)、資本主義に門戸を開き、資本主義をきわめてのんびりした都市の手工業のなかにもちこんだのは、実に奢侈消費であった。私の論証は、私の見解の正しさを証明してくれたものと思う。
同書 p.341
こうして、すでに眺めてきたように、非合法的恋愛の合法的子供である奢侈は、資本主義を生み出した。
p.346
ファッションが、人間的活動を醸成させ、現代人の文明を作り、資本主義をも生み、今の人類の発展を作ったのだと言えよう。
※本書内の引用中、簡単な漢字の多くがひらがな書きされているのは、私の変換ミスでない限り、本書の記述にならった。
素朴な疑問:なぜ法令文章の「その他」の前には読点がないのか
法学部出身者には常識的なことなのだと思いますが、日本の法律文章表現で出てくる「その他」と「その他の」では意味が違うと言われています。
その他のは、「A、Bその他のC」という形で使われます。この時に、最後の「C」には「A」や「B」が含まれる、という点で、「その他」とは異なります。
http://www.law110.jp/lec/sonotano.html
いくつかのものを列挙して「その他」で繋いだときは、それらは対等、並列の関係にあります。例えば、
日本国憲法 第四十七条
選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。
- 法律で定めるもの
- 選挙区
- 投票の方法
- 両議院の議員の選挙に関する事項
法律で定めるものとして、3つのものを挙げていて、示した3つはそれぞれは異質なものだというわけです。
一方、「その他の」のと言ったときは、「その他の」の前に挙げた項目は後に挙げたものの例示であり、広いくくりで見て同質のものです。
- 戦力
- 陸軍
- 海軍
- 空軍
陸・海・空軍は、戦力の一部であってその例として示したものだということになります。陸海空軍の他に、「その他の戦力」を想定する可能性があると言えるでしょうか。いずれにせよ、戦力であるものは保持しないと。
次のように記号化していいかもしれません。
A,Bその他C
A1,A2その他のAx
しつこいですが、このような例文を書いてみました。
鬼退治の持ち物として吉備団子、武器、無慈悲な心その他戦利品を持ち帰るのに適したものを用意する。それぞれの関係は、A,B,C,D
鬼退治のお供には、犬、猿その他の動物を連れていく。それぞれの関係は、A1,A2,Ax
※私は法律の専門家ではありません。この記事の記述には誤りを含む可能性があります。もっと適切な説明があればご教示ください。
さて、このように思っていたのですが、これを書くためにちょっと調べてみたら両者の使い分けは現在ではルーズになってきているようでもあります。
以上のように、林修三「法令用語の常識」17頁は、「その他の」と「その他」の用語の違いを説明しているのですが、この二つの用語が今日でも上記のように正確に使い分け使用されているのだろうか、という疑問もありますし、同書18頁も認めているように、語呂、語感等の関係で、「その他の」を使うべき際に「その他」が用いられたり、またその逆も行なわれているようにも見受けられます。
厳密な語解釈が要求される法令で、このような不統一な使い方がされているというのは気持ち悪さを感じるのですが、この用語自体を定義する条文がなく、単なる慣例的なものであって、日本語本来の構造だけからこの意味を導くのは困難なだけに仕方のないことかもしれません。
ともかくとして、このような法律で使われる独特の用語として、他にも「直ちに・速やかに・遅滞なく」の使い分け、「みなす・推定する」の使い分け、なども面白いです。
さて、前置きが長くなりましたが、この記事で書きたい本題は別のところにあります。記事タイトルに書いた通り、また上の引用文で示した通り、法令文書に登場する「その他」と「その他」の直前の語との間には読点(、)を書かない慣例になっています。これが些細なことですが私には昔から疑問なのです。確か小学校5年生で日本国憲法を読んだ時から「変な書き方をするなあ」と思っていました。
ドイツ語はわかりませんが、英語で「A, B and C」と並列する場合andの前にはカンマを置きませんから、日本が近代法を輸入した当時のその影響なのでしょうか?英語の場合スペースを置くのでわかりやすいですが、日本語で連続して書かれると語間に切れ目がなくなり違和感がありませんか?
租税特別措置法 第六十一条の四
3 第一項に規定する交際費等とは、交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為(第二号において「接待等」という。)のために支出するもの(次に掲げる費用のいずれかに該当するものを除く。)をいう。
こんな文章があると、「仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待」がパッと見、一つの塊として認識されて、意味が取り辛く感じます。意味上の区切りとしては「仕入先」の後と、「対する」の後にも読点を入れたいです。というか、試験の理論暗記の際には区切り線を入れて覚えています。
『新しい国語表記ハンドブック』収録の、「くぎり符号の使い方」*1によれば、
「、」は、文の中で、ことばの切れ続きを明らかにしないと誤解される恐れのあるところに用いる。
対等の関係で並ぶ同じ種類の語句の間に用いる。
とあります。また、「公用文作成の要領」(昭和27年4月4日内閣閣甲第16号)も参照しましたが、この場合に該当する細かい規定はされていないようです。
検索していたら、少し違うのですが関連する話題にヒットしました。
「および」「または」についても、個人的には読点を入れた方がいいと思っているんですよねえ。この方の仰るように、一般的に「および」「または」の前には読点を入れずに書くのが正用とされているように思います。ただ私は、特にそのように習った記憶はないのですが、接続詞は前後から切り離しておくべきだろうと、機能構造的に読点を入れたほうが自然だろうとたぶん小学生くらいのときから思っているんですよね。二つのものを繋ぐだけのときは、それほど違和感がないですが。
結局のところ、「その他」の前に読点をつけないのは、慣例でそうなっているから、以上の根拠はないように思います。まあ歴史的に慣例というのは重んじるべきだとは思うのですが、読点を入れた方が自然だと思いません?少なくとも、「その他」の前には読点を入れた方が読みやすくなると思っているのですが、皆様はどのように感じられるでしょうか?
*1:文部省編「国語の書き表し方」(昭和25年12月刊の付録より)。「くぎり符号の使ひ方〔句読法〕(案)」(昭和21(1946)年3月・文部省教科書局調査課国語調査室)を簡単にわかりやすくまとめたもの。