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私は何を知っているか?

Mark/まあく タイトルはミシェル・ド・モンテーニュ(1533~1592)の言葉 「Que sais-je?(私は何を知っているか?)」

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なぜデモか/120715脱原発デモ名古屋・栄の記録

社会

7月15日、名古屋で行われた脱原発デモに参加してきた。デモがあることはツイッターで知った。以前に神戸の三ノ宮に住んでいたときは労働者のデモなどをたまに見たことがあったが、デモに参加するのは初めてだ。震災以後、原発のことは私の友人も見る場所でちょくちょく話題に出しているがほとんど誰も乗ってこない。

だから一人で行った。知った人は誰もいない。主催者がどんな人かも知らない。でも今は声をあげなくてはいけない時だと思った。

デモの記録は後半です。

なぜデモか

あの震災で我々は惨状を目の当たりにしました。日本人に原発を安全にコントロールする能力がないことが明らかになりました。原発を推進するために政府や電力業界が出しているデータに数々の嘘が含まれていることも発覚しました。国土が狭くて日本じゅうどこに行ったって地震から逃れられない。日本は、原発には世界で最も条件の悪い場所ですよ。もし火力発電所が暴走して爆発するようなことがあっても、その先何十年も人が住めなくなるような放射性物質は出しません。でも原発は違う。

原発はリスクばかり高くて、事故や不具合で安定的に動いてもいなくて、ずっとごまかしてきたけど使用済み燃料の処分や廃炉にかかる費用を織り込んだら発電コストもはるかに高い。何一つメリットがない原発を続ける理由がない。

なのにこの国はそんな原発を54機も作ってきたんですよ。原発が国民の利益になると本当に信じていたなら仕方がないが、中曽根康弘正力松太郎が個人的利益のために、政府内でも懐疑的だった原発を1954年に強引に通してからずっと偽装の歴史が続いているんです。*1これは国家的犯罪に値します。そして誰も責任をとらない。なんでこんなことがまかり通るのか。

犯罪は組織の一部が出過ぎた真似をすると捕まるけど、組織全体が共犯になると誰も捕まえられない。組織というのは原発利権ムラです。政治家、経済産業省文部科学省、電力会社、原発メーカー、原子力研究者、産業のない地方の権力者や建設業界。そういう業界だけが国民全体から金を吸い上げる仕組みを作った。それが原発です。



震災があってその後当然、脱原発に向かうんだと思いました。即時廃止は現実的でないにしろ、将来的には全廃に向けて方向転換するんだと。ところが見てください。根本的なことは何も決めないまま、なし崩し的に大飯原発が再稼働されました。今政府が全国で開催している将来の原発依存度に関する公聴会でも、2030年に原発0か、積極的廃炉を行わない15%という極端な選択肢からしか選ばせない。割合で言えば圧倒的少数である推進派として出てくるのは原発業界の人間ばっかりでしょう。*2なのに業界に肩入れする政府を見ていたら、こんなの放っておいたらまたズルズル全部動き出しますよ。

だってその方が楽なんだもん。50年かけて作ってきた原発を作れば儲かる既存の仕組みを変えるのは大変な労力です。そのまま何も変えないままでいて、そして政治家や電力会社のお偉方は自分の代さえ大きな事故がなく逃げ切ってしまえば大金を手にすることができる。

ロシアンルーレットみたいなものですよ。それも、もし原発事故という弾が出ても死ぬのはおそらく彼らじゃなくて、逃げられない弱者が犠牲になります。そんなロシアンルーレットにのせられたままでいいんですか。



世界中が不思議に思っています。なぜ日本人は怒らないんだ。どれだけ我慢強いんだ。非人間的な労働環境で働きすぎて過労死する国民ですから。明らかにおかしなことには怒らなきゃダメですよ。抗議して変えなきゃ。

だからデモなんです。

デモをやったら何が変わるのか。そんなもん、すぐには変わりませんよ。でもジワジワやるしかないんです。

デモが広まれば原発について人々が当たり前に議論するようになります。街頭やメディアを通して見た人も考えます。頭で原発は良くないよなと思ってるだけではなかなか行動に結びつかないんです。人間は怠惰だから。感情的にもこれはダメだ、NOだとはっきり意思表示するようにならないと。そうなれば政治家も世論の声を無視できなくなる。

そうなってやっと政治が動くんです。今は国民が政治に無関心だから無視されてるんですよ。国民がああ言ってるけど、なんとかごまかせるだろうと。

だからデモをやってはっきりと意思表示しないといけないんです。



デモに対する私の見方はさらに後半に続きます。

120715脱原発デモ名古屋・栄の様子

開始地点の集合風景から、栄一体をぐるっと廻ってデモしている様子、最後に脱原発で活動している山本太郎さんが挨拶に来ているところの写真を以下に掲載します。

















デモは13時集合、14時開始となっていましたが、いろいろとあって私が到着したのは開始の15分くらい前でした。集合場所の若宮公園高架下には集まった人たちの隊列がざっくりと形成されていました。目測で20×50で1000人くらい、大規模ライブハウスに満員詰め込んだくらいかなあと読みましたが、出発地点でカウントしていた人の情報によると990人*3とのこと。この程度の規模であればほぼ正確にカウントできたと思われます。

やがて主催者の人たちから説明が始まりました。私が、一人も知った人がいない状態で参加したので余計かもしれませんが、もうちょっと参加者の連帯感を高めるような声かけが必要ではないかと思いました。途中で山本太郎さんが到着して前に出ると参加者から歓声があがりました。やっぱりアイコン的な人はいたほうがいいし、さすがに大衆に呼びかけて盛り上げる技術を持っているなと感じます。シュプレヒコールの練習があり、参加者の決意を固めたところでいよいよデモに出発です。

警察の誘導に従って、いくつかのグループに切って順次出発していきます。私はぐるぐる回って写真を撮っていましたが、適当なところで私もデモ隊の中に混ざって出発することにしました。リーダー的な人が呼びかけることもなくなんとなく始まっていったので組織力が弱いと感じましたが、それだけデモというものにこれまで携わったことのない素人が集まって今始まろうとしているんだなあと思います。普段車が通っている大通りに繰り出せば、多少の高揚感もあり声を出してみます。「ゲンパツ ハンタイ!」リズムをつけて参加者の呼応が続きます。「命を 守ろう!」

せっかく集まったのだからもっとみんな元気にやって欲しいと思い、人一倍声を張っていたつもりですが、じわじわ汗も滴る日差しの中、喉も枯れてきます。途中からある参加者の方からトラメガを渡されたのでだいぶ楽になりました。その分後半はあまり写真が撮れませんでしたね。久屋大通を歩く人たちの多くからは不思議そうに見ている反応が多かったように感じましたが、オクトーバーフェストに遊びにきている人たちの中からも時折手を振って応えてくれる人がいてうれしい気持ちになります。錦通りでUターンして大津通三越のあたりまで来ると行き交う人も増えて沿道から視線が集まりました。

再び交差点を渡って若宮大通りに入ったところで流れ解散となりました。

警察車両は指揮官車が一台あっただけ、警備部門の担当者と所轄の交通課員でまかなっていたのではないかと思います。特に指示がうるさく飛び交うようなこともなく、見ていた限り混乱もなく終始つつがなく実施されていました。少し離れたところでは革マル派が便乗してビラを撒いていておやおやと思いました。



デモに参加してみた感想は、「楽しい」というのが一番にくるかな。決してやる側の自己満足に終わってはいけないのですが、デモを見て原発を話題にして、考えてくれて、そして行動に移す人が増えればいいと思います。



デモに対する私の本音

と、書いてきはしたものの、ほんとはデモなんかしたくないんですよ。デモとかの活動をすることなんて俺の人生で優先したいことの順位でほんとに下の方にあるべきですよ。デモのために生きてるのとか嫌だし、みんなで声を揃えて同じことをするのとかも本当はあまり好きじゃないですし。

デモの参加者の中には原発の即時全廃を言う人もいるけど、それは現実的じゃないよねと思います。でもおおまかに目指す方向として脱原発で一致しているのでそれでいいんです。とにかく今は原発にNOと言う人を増やすことが大事だから。

デモをすることが目的ではなくて、デモは手段でありメディアですから。早く原発全廃の方針が決まってくれたら、政府が何年までに原発廃止という、法的拘束力のある決定をしてくれたら、俺は自分のことに専念したいです。今は試験前で余分なことする時間ないはずなんだから。ほんとは彼女とセックスのことだけ考えてたいんですよ。

だから俺がこんな風に意気込まなくても、もっとみんなが気軽にデモに参加すればいいのにと思います。デモは特別なことじゃない。主催する人はそう言うわけにいかないけど、普通の人は何も準備しなくて手ぶらで来たらいい。栄に買い物にくるついでとか、飲み会の前にふらっとノリで参加したらいい。1時間2時間作ることが何でできないんだと思います。