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私は何を知っているか?

Mark/まあく タイトルはミシェル・ド・モンテーニュ(1533~1592)の言葉 「Que sais-je?(私は何を知っているか?)」

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俺と彼女との違い

前の記事の続きなのだけど、個人的なルサンチマンで埋め尽くされているので記事を分けた。


俺が前に付き合っていた彼女など、絶対的にこの人は遺伝子的に強い人だろうと思う。彼女は経営者で、何よりも仕事第一の人間だったが、自分に厳しく、強い人だ。

毎日睡眠を3時間4時間に削って、凄まじいまでの集中力と執念で仕事をしていた。睡眠時間は何時間が適切かという議論は昔からあるが、これは個人差が大きくて一律の基準などないのだと思う。全然寝なくてもなんとかできる人と、どこかで寝ないと身体が持たない人がいる。俺は金がかかろうが、殴ると脅されようが、眠い時は寝てしまうので寝ないでいい人に比べれば損だと思う。

彼女はインフルエンザにかかった時でも、病院に行くまで数日そのまま仕事に出ていたくらいだ。(これは周りが迷惑な話だが。)

ある時、自分に落ち込むとかいう感情はあるんだろうかと自問していた。弱気だとか不安だとかのネガティブな感情を持つこと自体がないらしい。人間的な感情は仕事の邪魔だから捨てたい、とよく言っていたし、もしかすると、そういうことがあっても絶対に人には見せないようにしているのかもしれない。ただ少なくとも僕が側にいて、仕事の邪魔をして怒ることはしょっちゅうだったが、弱気なところを見せたことは一度もなかった。それを狙ってできるだけでも凄い。

俺など、すぐ緊張するし、不安になるし、こんな自分が嫌だと思って、本を読んで対処法を学んだって、性格はなかなか変えられるものではない。自身を振り返ってみれば物心ついた時から変わっていないし、幼いときからそうでない人もいるわけで、やはり生まれついてものがあるのだと思う。


もちろん彼女は心がけて努力して、なりたい自分を描いてその通りに実行しているのだとは思う。決して楽などしていない、誰よりも努力しているのは知っている。ただそれができることがもう才能のうちだと思うのだ。基礎的な能力の高い人は、仕事の分野だろうが趣味の分野だろうが、なにかしら成果を残すだろう。彼女を見ていると本当に次々に新しいことに挑戦していて、すごくハードだけども楽しんでいる感じがする。体力と精神力、自分を統率できる力。これらは鍛えることもできるけども、半分までは生まれ持った能力によるもの、即ち遺伝子だと言えよう。



出会った頃今にも死にそうだった俺を彼女は救ってくれた。愛情と生きる活力を与えてくれた。9か月くらいでよくわからないうちに別れて、再び俺は自信と自己肯定感の無さ、自尊心の高さと、能力の低さで、煮ても焼いても食えないような使えない男だ。彼女は美人で人望があっておっぱいも大きくて、何よりも他に誰もやったことのない分野を開拓し独自の価値観を貫いている生き方が最高に素晴らしい。この先、彼女のような誰もが振り返るようないい女と付き合うこともないかもしれない。

これを書いていた時は、不安感と、無能感と逃避願望の波が襲ってきて、あいつらが心に侵入してきて制御権を取られた感じがした。全てにおいて「やりたくない」という感情が上回っている。先週までなんとか回っていたのにリズムが崩れて急に崩壊した。こんな無能感と、恨み節の文章を出してる時点で超絶ダメなのはわかっている。今少し落ち着くと死にたくなんか全くないのに、やりたいことがいっぱいあるのに、一時はどうやって死ぬかを具体的に検討しだしたから相当ヤバいと思う。なんなんだ。あいつらが侵入してこなかったらこんな無駄な時間を使って苦しむこともないし、もう少し計画的に物事が進むのに。あいつらを追い出す方法が知りたい。