私は何を知っているか?

Mark/まあく タイトルはミシェル・ド・モンテーニュ(1533~1592)の言葉 「Que sais-je?(私は何を知っているか?)」

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なぜ税金を払わなければいけないのか?『あらゆる領収書は経費で落とせる』書評

本書は元国税調査官である著者が書いた会計(経費)の実用的解説本。

少し前に問題続きの「減税日本」所属の名古屋市議が、政務調査費で購入していることが判明して、中日新聞にでかでかと載せられやり玉に挙げられていたことでも話題になった本。どのような目的で読んだかに関わらず購入した本のタイトルが新聞に書かれてしまうというのは恐いことだと思った次第。ただし、この件ついて言えば、このような本は自分のお金(歳費)で買えばいい類のもので、公金を支出するのに擁護できる要素は全くないが。

閑話休題。タイトルだけにどうしても批判的な意見からになってしまうが、著者は税金なんか払わなくてもいいと言っているのは全くいただけない。

企業経営にとって、税金ほどバカバカしい支出はありません。費用対効果がまったく認められないからです。特に、今の日本政府に税金など払っていても、社会の役に立つどころか害を与えるばかりです。
『あらゆる領収書は経費で落とせる』p.18

わざわざ反論するのも馬鹿馬鹿しいような理屈だが、企業活動が安定してできるのは国によって社会的基盤(インフラ)が整備されているからできるのである。道路、交通機関から電気、水道、そして警察力、法制度に至るまで、それらの安定した供給の恩恵を、企業は受けている。最も基本的なことを言えば外国からの安全保障もだ。

税金も交際費などと同じ必要経費であり、政府の税金の使い道がいくら馬鹿げているからと言って税金を払わなくていい理由にはならないのである。自分の稼いだ金は全部自分だけの力で手に入れたと思っているような思い上がった馬鹿は、「万人の万人に対する闘争」*1状態にある修羅の国にでも行って来い、と言いたくなるが、賢い読者は著者のつまらない主張は聞き流して、必要な情報だけを掠め取るようにしたい。


もう一点。本書にはキャバ嬢に愛人手当を、という例が出てくる。

あまり大きな声ではいえませんが、永田町の秘書と呼ばれる方々の中には、水商売出身の女性が多くおられるのです。永田町の秘書の給料というのは、当然、我々の税金から支払われているわけです。つまり、国会議員の中には、我々の給料を使って愛人手当を払っている方もいらっしゃるということです、それに比べれば、我々が自社の収入の中から愛人手当を払うことくらい可愛いものです。
前掲書p.125

別にキャバ嬢を愛人にするのは勝手だし、無駄金を使って経済を回してくれるのは多いに結構だが、随分と下品で苦しい理屈である。自分より汚い社会的に糾弾されるようなことをやっている者がいるからといって(そしてそれが大多数でも常識でもないだろう)、自分が同じようなことに手を染めることをどう正当化できるというのか。まともな倫理観があればとても口に出来ないようなことである。ただ一応前書きにはこうも書いてある。

「愛人手当を経費で落とす」のは、実は、究極の会計テクニックでもあります。愛人手当さえも経費で落とせるのならば、他のたいがいの費用は経費で落とせるようになるはずです。
面白おかしく、領収書や経費のなんたるかを知っていただきたい、というのが本旨ですので、誤解のないようにお願いしますね。
前掲書p.4

とまあ、どこまで本気で言っているのか、どちらが本音かは全体の流れから推測がつきそうなものではあるが、仮にこの前書きを文字通り取っておくとするならば、そんなに反社会的な内容ということでもないだろう。ひとまず。



本書は目次がよくできていて、大変適切な見出しがつけられているので、わかる人には見出しだけ読めば十分なほどだ。わからない人はあきらめて本書を読んでいただきたい。以下、目次を全文引用する。

序章 究極の会計テクニック
コンビニ弁当から愛人手当まで経費で落とせる
会計の最も大事な役割は「利益調整」
会計とは、「いかに金を残すか」「いかに金を使うか」
経費を制するものは会計を制す
税務署が認める領収書、認めない領収書
自宅の薄型テレビの領収書を税務署に認めさせる方法
経費を膨らませる二つのルート
「経費」をうまく活用することが新世代の企業戦略
外資系企業に学ぶ「なんでも会社の経費で落とす方法」


第一部 経費と領収書のカラクリ


第1章 食事、飲み代、薄型テレビ、かる〜く経費で落とせます
コンビニ弁当だって会社の経費で落とせる!
「福利厚生費」は魔法の杖
“夜食”であれば食事代はすべて会社の経費で落とせる
条件さえ満たせば、昼食代も落とせる
薄型テレビ、ブルーレイ・レコーダーを経費で落とす方法
自宅のパソコン代を経費で落とす方法
本や雑誌を会社の経費で落とす
飲み代を会社の経費で落とす
個人事業者は接待交際費を使い放題
接待交際費「自分の分は経費に計上できない」というデマ
一人あたり5千円以下ならば飲食費が計上できる!
「会議費」という裏ワザ
生活費を会社の経費で落とせば、会社にも社員にも得になる


第2章 ディズニーランドに海外旅行……レジャー費も会社持ち
レジャー費用は、会社の経費で落としやすい
コンサートチケットやスポーツ観戦費用を経費で落とす
ディズニーランドの入場券も大丈夫
スポーツクラブの費用を会社の経費で落とす
旅行費用を経費で落とす方法慰安旅行を使いこなせ
「研修旅行」はかなり使える!
会社が社員の旅行に補助金を出すという方法
語学学校代
実は最近、クルーザーが売れているそうです
キャンピングカーという手もある
流行の福利厚生費「カフェテリア方式」とは


第3章 車も家も会社に買ってもらおう!
「車を会社で買う」とはどういうことか?
社員に車を支給することは可能か?
ボーナスの代わりに車を支給するメリット
なぜ羽振りのいい社長はベンツに乗るのか?
4年落ちの中古ベンツは節税の切り札
ローンを組んでベンツを買えば資金繰りにもなる
実は、社長のベンツは2ドアでもOK
家賃を会社に払ってもらう
会社に家を買ってもらう
自家用ジェット機は経費で落とせるか?


第4章 キャバクラ代を経費で落とす
キャバクラの領収書も経費で落とせるキャバクラ代を会社の経費で落とすための三つのルート
接待の場としてキャバクラを利用する
商品開発のためにキャバクラを利用する
研修のためにキャバクラを利用する
キャバ嬢への愛人手当を経費で落とす方法
キャバ嬢を社員にする
子供の小遣いを会社の経費で落とす方法
キャバ嬢を非常勤役員にする
キャバ嬢に業務委託費を払う方法
情報提供料として愛人手当を支出する裏ワザ
愛人への手切れ金を会社の経費で落とす方法
莫大な儲けが出た年には、身内に退職金を払う
社員をやめさせずに退職金だけ払う方法
あの芥川賞作家の風俗代も経費で落とせる


第二部 会計本に載っていないウラ知識


第5章 間違いだらけの会計知識
ホンネとタテマエ
本当は領収書は必要ではない
領収書がなくても経費に計上する方法
新聞の折り込みチラシの断片でも領収書は領収書
レシートでも立派な領収書
本当は強い納税者の権利
税務署は時々嘘をつく
知識のない税務署員も多い
税金の世界はグレーゾーンが結構ある
「社会通念上」という縛り
ニセの領収書は一発でアウト
税務署が血眼になって捜す「ニセ領収書屋」とは?
1を9に書き換えた領収書
白紙の領収書はいくら書いてもいいのか?
領収書の日付を書き換えたらどうなるか?
デタラメの領収書で税金が安くなるのは本当か?


第6章 経理部も知らない領収書の世界
会計には謎がいっぱい
テキトーでいい「白色申告」の魅力
税金の額は交渉で決められる
領収書がない取引では脱税できるか?
領収書のある取引ではなぜ脱税できないのか?
寺の坊主は究極の脱税犯
領収書がいらない開業医の世界
談合金を経費で落とす方法
総会対策費を経費で落とす方法


「あらゆる領収書は経費で落とす方法」とは何か、という本書のタイトルに対する答えを一言で言ってしまえば、「事業に関連するものであればよい」ということになる。それ以上でも以下でもない。出費を事業に関連させるためにどのような理屈を立てるのか、ということが解説してあるのだが、このこと自体は税務会計を理解した人にとっては常識であり少し考えればわかるようなことである。だがこの本は第二部にこそが読む価値がある。

ここで一つ、私見を前置きをしておきたいと思うが、税金を合法的な範囲内でできるだけ少なく抑えたいというのは、これ自体経営者なら誰でも考えることである。これを何か不謹慎なことと考えている向きには、この世のあらゆることは、知っているものだけが得するようにできているのである、と言っておきたい。JRのきっぷから、携帯の料金まで、同じ物やサービスを利用しても買い方や契約を変えるだけで安く利用できるではないか。何事も相手の言うことを何も疑わず何も考えずにやっていれば無駄遣いをし、知識を得て勉強した者は賢くお金を使えるようになる。だから学ばねばならない。*2そして定められたルールの範囲内でできるだけ安く済ませたいと思うのは当然である。

その場しのぎの嘘に言いくるめられないために

本書は第二部に読む価値があると書いたが、知っておきたい知識は例えば次のようなことである。

日本の税制では、基本的に「申告納税制度」というシステムが取られています。
これは税金は納税者が自分で申告して自分で納める、というシステムです。税務署や税務当局(地方自治体など)は、納税者の申告が“明らかに誤っている場合”に限って、修正できることになっているのです。
そして「誤りを証明する」のは税務署側の仕事であり、納税者側が「誤りでないことを証明する義務」はないのです。
前掲書 p.154

これは、怪しい領収書があったとしても、怪しいというだけで税務署が否認(損金として認めない=経費にならない)することはできず、偽造したという証拠を探してくる義務があるということだ。ただしもちろん、一線を越えた不正経理に対しては徹底的な調査の上、偽造や不正であることが発覚した場合には過去に遡って追徴課税や、悪質な場合には刑事告訴も待っている。

ここで注意すべきなのは、税務署の指導には全て従わないといけないかというと、そうではない場合もあるということだ。

「税金に関しては、税務署の言うことは絶対に正しい」と思っていることが多いでしょう。
しかし、これが実は大きな間違いなのです。
特に経理処理においては、税務署は間違いを犯すことが多々あるのです。

(中略)

たとえば、「個人事業者には福利厚生費は認められない」などと言う税務署の調査官もいます。これは100%嘘です。個人事業者であっても、会社と同じように福利厚生費は認められています。しかし、調査官はそういうデタラメなことを言って、福利厚生費を計上している個人事業者の申告を修正させ、追徴税を搾り取るのです。納税者の無知につけこんで、払わなくてもいい税金を取るのです。
前掲書 pp.156-157

また税務署の調査官に、税金の申告書を書かせた場合、すべて間違いなく書ける人なんてほとんどいないといっていいでしょう。個人課税部門の人は、まず法人の申告書は書けないはずです。法人課税部門の人も、相続税の申告書は書けないでしょう。

(中略)

もし調査官の言うことに納得できなければ、自分で税理士などに確認するべきです。調査官の言うことをすべて真に受けていたら、大変なことになる場合も多いのです。
前掲書 p.159

さすが元国税調査官が言うだけあって説得力がある(笑)。法の執行者たる公務員の実情がこんなものなのは犯罪ではないかとすら思うが、個人の能力もあるので致し方がない面もあろう。疑問に思ったときはその主張が、どの法律や基準に基づいているか根拠を確認することが肝心だ。素人の考える常識や思い込みほど頼りないものはない。頼れるのは正確な知識だけだ。

そしてこれも税金に限った話ではない。例えば警察官だって法律に熟知しているわけではない。彼らはルーティンの業務に必要な法知識をマニュアル化して知識として入れているだけである。細部に至って法を完全に把握しているわけではないし、日頃縁のない分野のことはわからない。何かと理由を付けて仕事をしないようにし国民の権利を不当に制限しようとすることもまま見られる。*3交通取り締まりに遭って納得できなかったので正式な裁判に持ち込んだら、取り締まり手法が違法と認定され無罪になったという事例もある。JRの運賃計算のルールは、旅客営業規則という国鉄から引き継いだ複雑かつ膨大な約款*4に基づいて行われるが、不勉強な駅員はその内容を正確に把握していない。駅員に間違った案内をされトラブルになったという例も多々見られる。



このようなその場しのぎの嘘をついて煙に巻こうとしてくる人間は珍しくないが、彼らに言いくるめられないようにやり合うためには、こちら側も基本的な知識を入れておかないと対抗できないということだ。本書は、中小企業の経営者、会計担当者、経費や領収書の仕組みを知りたい全ての人にとって、一読しておいて損はない内容だ。

*1: (c)トマス・ホッブス

*2:福沢諭吉『学問のすすめ』とはそういうことである。

*3:被害届を受理しないとか。

*4:その厚さが電話帳ほどもある