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私は何を知っているか?

Mark/まあく タイトルはミシェル・ド・モンテーニュ(1533~1592)の言葉 「Que sais-je?(私は何を知っているか?)」

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直接被災していない私たちがそれぞれの立場ですべきこと

社会

3月11日午後2時46分頃、東北地方太平洋沖で、観測史上世界最大級となるM9.0の地震が発生した。この地震とこれに伴う津波原子力発電所の事故で東日本の広範囲に甚大な被害が発生、現在も進行を続けている。


地震が起きてから、私はずっとテレビをつけながらtwitter等に流れる情報を観察している。今回の地震に関してだけではなく、今私は社会的に何の貢献もしていない。私のことを知っている人には、私がこんなことをしたり顔で言ったところで実行力が伴わないので何の説得力も持たないことは承知だ。それにこのことに言及しだしてのめり込むと自分に精神的な不安定を招きそうだったので沈黙していた。

ただ、感謝の言葉や私の願いを伝えることでそれが他の人にも伝わっていって、今頑張っている人たちを支援することに繋がればと思ってこれを書いた。目に見える物としては何の力にもならないし誰にも届かないかもしれない。しかし人々の間にイライラや不安が溜まって、それが他人への攻撃的な形やネガティブなムードとして表れたとき、良くない連鎖を生むことは強く感じている。だからこれを読んだ人にそういう感情があれば少しでも思い直して欲しいと思う。

震災について触れるとき注意すること

政府や関係機関等の対応の中には不手際や間違いもないではないことは確かだ。だが不用意に騒ぎ立てたり、根拠もなく謀略を疑ったり、政権批判に繋げたり、鬱憤を晴らすのに今、利用することは、結果的に混乱しかもたらさない。建設的な批判は具体的な事実の指摘だけに留めるようにしたい。

指揮官(リーダー)には、事態を冷静に分析し起こり得る最悪の場合を想定し確実な対策を指示することと、構成員(メンバー)に不必要に不安を与えないよう希望的な言葉をかけ励まし成功へ導くことの2つが求められる。

マスメディアは情報の伝え方次第で国民の行動に影響を与えることを自覚し、政府や関係機関の役割の一端を担っていることに責任を持って欲しい。その報道が視聴者・被災者のためになっているか常に自省的でなければならない。誰かを悪者に仕立てて批判することは、手っ取り早く自分が仕事をしたように見せることができるため安易に多用されがちだが、ただ非難するだけの人は必要ない、だけでなく悪影響ですらある。

blogやSNSで誰もが簡単に情報を発信できるようになった今、その利便性とともに責任が一般市民にも問われる。一人一人の影響力は小さくとも、情報は巡り巡り増幅される。単なる思いつきや根拠のない推測であった情報が何人かを介して戻ってきたとき、それはあたかも事実であるかのような顔をしている。

自分の発言が誰かに影響を与えることを考えて不用意なことは言わないように気をつけよう。

今頑張っている人たちへ

過酷な環境で身を挺して働いている、自治体、消防、警察、自衛隊、医療チームのみなさん、ありがとう。かかる事態の解決に向けて奮闘している政府、東京電力、電気・ガス・水道、通信会社、国内外の緊急災害援助隊、各種専門家、NPO団体、テレビ・ラジオ・新聞、被災地に役立つ情報をwebで発信・整理したりしている有名無名の人たち、被災地を支援するシステムを短時間に開発・リリースしている人たち、応援を呼びかけている人たち、復興を祈ってくれている世界の人たち、寄付してくれる人たち、ありがとう。

最前線で頑張っている人も、後方で支援にあたっている人も頑張れ。建設業、食料生産者、生活用品生産者、流通業、交通機関、金融機関、保険会社、の人たちありがとう。自らも被災したのに今働いてる人たち、子供が不安にならないようにしてくれている人たち、ありがとう。被災地と離れた場所で日常を維持しようと頑張っている全ての人、ありがとう。

そして被災してしまった人たち、頑張って。どうか負けないで。

誰もが今・これからできること

被災地とは離れて直接関係のない一般市民に今できることとして被災地への寄付、献血などがある。私も既にgoogleを通して日本赤十字に寄付した。今後、プロでしか戦力になれない当座の状態が緩和し、現地のボランティア受け入れ体制が整ったら応援に行くこともできるか考えたいと思う。

日常を続けることが大切

震災にあった人たちに配慮した生活をすることは大切だが、必要以上に自粛ムードが広まるのは良くない。日本全体の経済活動が停滞してしまうと新たな不幸を生む。被災地でない地域では、できる限りで被災地に迷惑をかけない範囲で日常の生活を継続することが望ましい。悲しみばかりに染まってしまうこと、あるいは不謹慎といって笑いを表現することを締め出すことは、被災者のためにはならない。

ところで相次ぐ地震の被害に遭っているところにあまり考えたくないことだが、今の震災が片付かないうちに次の大地震がやってこない保証はどこにもない。被災地に災害援助隊を出している自治体にとって、救援物資・人材ともに手薄になっている今はリスクの高い時期だと思う。不幸にも今次の地震が来たら初動体制が脆弱になると予想される。だから、市民が各々で被害を小さくする対策、水・食料の準備などを行っておく重要性が高まっている。

計画停電が始まった関東地区でも、店頭から懐中電灯・電池・食料品などが消え、ガソリンが不足しているという。流通の影響で通常の入荷分が遅れていることもあるだろうが、それ以上に危機感を持った人たちが非常時の備えとして一時的に増大した需要の影響が大きいだろう。普段から備えがあれば防げる混乱だ。そうした意味でも日常から防災意識を持つことが大切だとわかる。