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私は何を知っているか?

Mark/まあく タイトルはミシェル・ド・モンテーニュ(1533~1592)の言葉 「Que sais-je?(私は何を知っているか?)」

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吉野家のメニューが増殖している件

経営・会計 大学

経営学基礎』レポート

「ワンセット主義」という戦略があります。自動車なら軽からスポーツカー、大型バス・トラックまで全部取り揃えるようなやり方で、「フルラインポリシー」ということもあります。あなたが興味のある業界を一つ選び(例えばホテル、アミューズメント、旅行代理店など)その中の代表的な企業がそのような製品展開戦略をとっているかについて調べなさい。そしてその戦略がうまくいっていると考えられるか、うまくいっていないと思われるかについても記しなさい。

レポート用紙に手書きのこと。800字程度。




吉野家」の商品展開戦略について

牛丼チェーン店「吉野家」の商品展開戦略について書いてみようと思う。吉野家は、株式会社吉野家吉野家HD傘下)が日本国内では1000店舗以上を展開する「うまい、安い、早い」でお馴染みの牛丼店である。

後述する2003年のBSE発生による米国産牛肉輸入停止に伴う対応は同社の経営に甚大な影響を与えたが、先ずはそれが起きる2003年以前の吉野家で提供されていたメニューから見ていくこととする。吉野家といえば牛丼、これを置いて他になく、サイズ展開が並・大盛り・特盛りの3種類。サイドメニューとして味噌汁、お新香、サラダ、玉子、ビール、日本酒。定食として牛鮭定食、朝定食があったくらいで実にシンプルなものであった。客は何を食べようか迷う余地がほとんどない。

厨房は牛丼の調理に特化し設備を絞り、注文から商品の提供までを極めて短時間で行う。回転率を上げることで客単価の低さをカバーするという収益構造である。朝5時から昼1時まで営業の築地1号店の立地条件はかなり特殊ではあるが、65年当時席数15で1日1000人(66.6回転)を記録していたという。 *1 営業利益率15%は外食産業では異例であった。*2

しかし2003年末、BSE騒動。米国産牛肉でなければ同社の求める価格と品質は維持できないと、止む無く牛丼の販売を休止。以後2年半に渡り続くこととなった。牛丼一本でやってきた同社にとって代替のメニュー開発が急務。吉野家の厨房で提供が可能なメニューを試行錯誤し次々に投入。鮭いくら丼や豚キムチ丼、牛すき鍋、鰻丼、などが実験的に登場しては消えていった。

全店舗全営業時間での牛丼販売が完全に復活したのは2008年3月。牛丼休止後に登場し定番化、2010年現在も標準的なメニューに残っているものに次がある。豚丼、カレー、カルビ焼定食、豚生姜焼定食、牛とじ鍋定食、ハムエッグ定食、とん汁。キムチはサイドメニュー化。2009年頃より汁物とサイドメニューをセットで付けると割引されるメニューを作り、もう1品を訴求する施策が行われている。注文したメニューに丸囲みをつける方式の伝票が使われるようになった(それまでは存在しなかった)のも牛丼復活に前後した時期であったように思う。

焼き鳥丼やソースカツ丼を提供する店舗や、逆に小型の店舗では牛丼の販売に特化した店舗もある。一部店舗はそばも提供する業態に変更している。このように、以前に比べればメニューに幅が広がった吉野家であるが、基本的にその強みはシンプルなメニューを素早く提供し、高回転を生み出す構造にあるように思われる。同業他社のすき家松屋などに比べてもそのアイテム数は少ない。

これまではカウンター中心のコンパクトな店舗で多く男性客を相手にしてきたが、主要顧客層の拡大を狙いにファミレスタイプの出店も進めていると聞く。それに合わせ商品展開戦略も変化してくるかもしれない。



▲メニューが増えて必要になった伝票。度重なるメニュー変更で既になくなったものも。

▲新しく登場したトッピングメニュー。すき家の後追い感が。


ゼンショーの「すき家」2008年9月店舗数で吉野家を抜いた。

▲「松屋

松屋は食券制。

*1:なぜ、「おたま」の穴の数は47個なのか:吉野家会計学(2) | 社長の仕事術http://president.jp.reuters.com/article/2008/12/16/44DB6F32-C6AC-11DD-B5EC-6C113F99CD51.php

*2:企業存亡の危機を吉野家はどう乗り越えたか / SAFETY JAPAN [特集] / 日経BPhttp://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/special/331/index.html