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私は何を知っているか?

Mark/まあく タイトルはミシェル・ド・モンテーニュ(1533~1592)の言葉 「Que sais-je?(私は何を知っているか?)」

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精神科医療を信じられない

医学・医療 こころの記録

昨日は神戸の医者に行ってきた。しんどい。

全く意味を感じられないことを自主的に続けるってことがどれだけ大変か。こっちは時間とお金をかけて行ってるわけだから、良くなりたいと思ってるわけだ。何も感じられないんだよね。むしろ苦痛。

流れ作業的に「調子どうですか」とか聞かれて、一生懸命答えるわけだけど特に反応もなく、これって言わない方がよかった?とか思って。

今受けてるのは認知療法と言って、自分の感じたこととか状態をワークシートに書いて持ってくんだけど、それ見て復唱するだけ。何のフィードバックもなく、次の紙渡されて次回の予約(2週間後)して、医者のペースでさっさと終わらせようとする。ここまで10分そこそこ。こっちから質問するとやっと少し答えが返ってくるんだけど、なんだか申し訳なくなって聞いたらいけなかったかなとか、素人が医者に口出すべきじゃないんだろうかとか思って、でもインフォームドコンセントとかこの業界にはないんだろうか。治療を継続するモチベーションを作るためにも必要だと思うんだけどとにかく何にも説明しないんだよね。ここの医者に通って数ヶ月だけど、治療の段階として全部でどれくらいあるのかということも昨日聞いて初めて答えてくれた。効果がなかなか目に見えないもの(治療を受けたからって劇的に改善するなんて思っていないさ)だからこそ根気よく続けさせるようにクライエントを仕向けるのが大切だと思うんだけどね。

黙って従え的な、直接言う訳じゃないけどあの態度はそういうことだと思う。患者はいっぱいいるんだから来たくなかったら来なくていいんだよ的な。

なんでこんなに萎縮しなきゃいけないんだろう。


以前受けたロールシャッハの診断結果を言われてなかったから、そのことも聞いたんだよね。「次回くらいに伝えようと思っていたのだが・・・」とか言われたが答えてくれた。補足質問をされて、「あなたは人を疑り深いですか?」とか「人にどう思われているか気になる」「自分は意欲がないと感じる」とか、バーナム効果的な極めて曖昧な質問だった。「それはどういう場合にですか?今現在の状態でいいんですか?」て何度も聞き返しちゃったもん。

そんなの時と場合(相手が誰か、その時の自分の状態)によって違うし、はいかいいえかで答えさせたら大抵の人が「はい」に○するような質問。しかも自分は何らかの問題を抱えているんじゃないかと思って来る人が受けるんだから尚更。

「知的には問題ないようだ。」「認知の歪みを修正する必要があるかもしれない、という所見です。」

は?それだけ?それってほんとにこのテストを受けた結果でわかったことなの?どういうレポートがもらえるのかと、楽しみにしていたのに、たった1行のコメントじゃ紙でくれる様頼む必要もなかった。


ちなみにロールシャッハ等の心理検査に科学的根拠、客観性は微塵もないことは以下の本を読めばわかる。それでももしかしたら素晴らしいコメントがもらえるかもしれないと思って、なるべくニュートラルで真摯な態度で受けたつもりだったのにな。。。


効果が出るのには時間がかかるからって(それは理解できるのだが)、自分をだましだまし義務だと思って通ってるけど苦痛で仕方ないんだよ。医者行った帰り、何なんだろうオレ、って悲しくて怒れてどこにもぶつけることができなくてすごく惨めな気持ちになる。何一つ改善に向かうこともなく、それでも他に方法がないから続けるしかなく。情けなくなって死にたくなるんだよ。こんなのでも続けなきゃいけないのかな?

大学は医者に診てもらえて言うし。病院さえ行ったらうまく行くと思ってるのか、たぶん知らないだけなんだろうけど、この国の精神科医僚なんてろくでもない粗悪品ばっかり増えてるんだよ。でも客観的に評価する手段がないし(医者にしろカウンセラーにしろ個々の技量の差は大きいと思うがそれを測定する術がない)、医者選びの参考になる十分な情報もないし、相談できる人もいないし絶望的だよ。


酒飲んで忘れて寝るしかないのかな。こんなんじゃ絶対また身体悪くするよね。またどっかで死のうとするよ。


一人でも話のできる友達がいたら違うんだろうなって。オレの認知がここまで歪んでるのも友達いないのが良くない結果をもたらしてるんだろうなって、修正するにもそれが課題なんだろうなって思ってるけど、すごく難しいね。

この社会で生きるのに人的関係を築けるのが如何に大事か。何かあったとき事故や災害にあったとき頼れるのは友達しかいないよ。話し相手がいることがぼけ防止になるって医学的にもデータが出てきたらしいけどそりゃそうだよ。理解者がいるってだけで精神的支えになるよ。


疲れた。今日も10時間寝てしまった。



占いと医療は何が違うんだ?

科学的に根拠のある診断を基に治療をするんじゃなかったらそれは占いと何が違うんですか?ってことです。私が精神科医療に絶望的な理由はこれです。

投薬治療は医療にしかできないことで一定の効果は認めます。急性期の治療には特に重要でしょう。しかしそれ以外の治療の部分で、診療後のクライエントを絶望的な気分にさせる医療サービスって何なのですか?

占いでも、催眠療法でも、あらゆるスピリチュアル(笑)なものでも、あるいはコーチングでも「あなたのことをずばり見抜いてますよ」という風に見せて、相手をその気にさせてうまく誘導して、結果クライエントを良い方向に持って行くことができればいいわけです。しかし科学的根拠もなければ*1、それ(クライエントを良い方向に向かわせること)すらできない医療、占い以下の医療に一体何の意味があるのでしょう?

本でも読んで自己鍛錬しましょうか。

*1:脳神経系の投薬治療では脳の仕組み、や病気の原因、薬の作用機序がよく分かっていないところがあり、いろいろな治療薬を試してみて結果寛解に向かえばOKという考え方にあるように思いますが、これが取り得る手段で最善なのでしょう。